研究課題/領域番号 |
14J04505
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
伊藤 聡一 大阪大学, 基礎工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | シングレットフィッション / 太陽電池 / 量子化学 / 励起状態 / 電子カップリング / 振電カップリング |
研究実績の概要 |
シングレットフィッション(singlet fission, 以下SF)は、分集合体中で起きる、光励起状態における過程の一種である。そこでは、可視/紫外光によって励起された分子(一重項励起子)が近くの基底状態にある分子と相互作用することにより、それら二分子ともが三重項励起子(三重項対状態)となる。これを用いた有機太陽電池の光電変換効率の向上が期待されている。本研究における最終的な目標は、高効率なSF実現の為の理論設計指針の構築である。ここには、(i) 分子レベルでの一重項/三重項対のエネルギー準位が適合する分子の設計、(ii) 分子間の電子カップリングの設計、(iii) 振電カップリングの設計、そして(i)-(iii)を複合したダイナミクスの研究などが含まれる。 (i)を満たす分子として、以前の研究により弱いジラジカル性を持つ分子が有望であることが示唆されていた。このジラジカル因子は、種々の化学修飾により制御することが可能である。27年度の研究において、縮環炭化水素系分子に新たな芳香環を導入する、あるいは立体障害によりねじれを導入することにより、ジラジカル因子を制御し、(i)に適した分子を設計することに成功した。 (ii)に関して、SF活性な分子二つを化学結合で繋いだ系に関して詳しく検討した。この系は繋ぎ方によってSF速度が異なることが知られているが、その起源については不明なままであった。これをπ軌道のトポロジー、すなわち結合の偶奇性、と関連付けて詳細を明らかにした。またこれに基づいた実際的な分子設計指針の提案を行った。 (iii)の成果については昨年度の報告結果を論文として国際誌へ投稿した。その他の成果に関しても現在投稿中、あるいは投稿準備中である。SFダイナミクスの研究についても着手したが、まだ解析の余地が残っており、これは28年度の課題の一つとする。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
26年度の研究では、単分子レベルのエネルギーマッチングの設計、および振電カップリングの解析が主な成果であった。27年度は、さらに新たな分子種へとSFにおける物質化学の領域を広げることを一つの目標とし、エネルギーマッチングを満たす新たな分子種の設計として、曲がったπ共役を持つ分子系などへの拡張に成功した。この単分子レベルでのSF分子の設計に関しては研究計画の予定通り、着実に進んでいる。 一方、分子間相互作用の一種である電子カップリングとSFとの解明も重要な課題であった。これに関して、特に分子内でSFが起きる系に関する研究で大きく進展した。まず実際的な点として、以前まで用いていた電子カップリング計算法よりも格段に低コストで算出できる方法論を習得したため、この課題に対して非常に容易に取り組むことができるようになった点が大きい。これにより計算時間が律速となることなくスムーズに研究を進めることができるようになった。近年実験で報告のあった分子内SF系に関して、電子カップリングの解析およびその実際的な設計指針の構築に成功した。こうした分子内SFに関してはこの一年で急速に注目が集まり、研究が発展している領域である。上記報告の分子内SFに関する成果はそうした状況の中で得られた成果であり、当初の予定を超えたものである。 元の研究計画では3年目の研究課題としていた、以上の単分子分子レベルの設計と分子間相互作用の設計とを合わせてダイナミクスの解析についても着手し始めた。これについてはまだ十分な解析が行えておらず、今後このダイナミクスの結果をフィードバックして分子設計へ活かすため、ダイナミクスのモデル作り、方法論、解析法についてまだ多数検討すべき点が残っている。
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今後の研究の推進方策 |
SFの分子設計指針として個々の因子、すなわち単分子レベルでのエネルギーマッチング条件、分子間の電子カップリング、振電カップリング、などについて、それぞれの解析法はかなり成熟しつつある。また、その設計指針も三つ目の振電カップリングを除いては確立しつつある。一方で、これらすべてを総括した量子ダイナミクスの研究がまだ十分でない。今度、この量子ダイナミクスのシミュレーション法、解析法、その結果を用いての上記三つの因子における分子設計指針へのフィードバックをする必要がある。現在、受け入れ研究者である中野雅由教授と議論しながら、これらの点について一つずつ解決策を練っている段階にある。ごく最近、簡単なテスト計算を行い、振電カップリングを正確にモデリングすることでSFが有効に起きるか否かが分かれるケースがあることがわかってきている。現在詳細な解析を行っている段階である。 26年度からの継続した研究と、急速に発展しているこの研究領域の他グループの報告により、SFダイナミクスはエネルギー、電子カップリング、振電カップリングのいずれもが相互に関連しあった非常に複雑なダイナミクスを示すであろうと予測される。特に興味ある領域として、光励起直後の非常に速い時間において、極めて速く効率的なSFを起こす、非マルコフ的振る舞いが見られるのではないかと期待している。これは上の三つのパラメータのある領域において発現すると予測されるが、実際にどのような分子、あるいは分子集合体を考慮するとそうした現象が見られるのかといった構造-特性相関に関しては全くの未知である。28年度の研究では、そうした興味深い領域の探索も視野に入れながら、量子ダイナミクス解析から得た知見を元にしたフィードバック的分子設計を確立することを目指す。
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