平成27年度は、【研究目標-(3) 後期実践哲学におけるカント感情論の検討】を遂行した。
本研究はカント批判哲学の全体像からその実践哲学の連続的な発展を明らかにする作業をおこなってきた。平成27年度は研究の最終段階として、構想力と感情の契機からカント実践哲学の新たな側面を示すことが目指された。カントは『道徳形而上学』や『実用的見地における人間学』において、しばしば「共感」や「社交」といった人間同士の交わりを人間性として語りだす。それは人間が他人との相互関係から伝達される感情を手がかりとして、道徳的な義務の遂行に向かって共同参画するという後期実践哲学の構想である。このような構想は「道徳の感性論」の側面として近年注目されてきたが、反面、それが批判期初期のアプリオリで形式的な実践哲学の構想とどのような関係にあるかは十分に明らかにされてこなかった。ひとつの原因は、「道徳の感性論」において重要な役割を果たす「感情」概念の思想的変遷が、これまで不明瞭なままに留められてきたことにある。
他方で本研究は、カントの感情論を考察するために批判期後期の著作のなかでも『判断力批判』に着目した。なぜなら『判断力批判』の美学理論において、はじめて感情という現象は肉体のたんなる受動的反応であると同時に、構想力の自発的作用に伴われる「生命感情」として捉えられるからである。ここでは生命感情の基礎に構想力のアプリオリな活動を据えることで、身体をそなえた人間が互いの感情を普遍的に伝達させる余地が生じることになる。本研究はこの見通しのもと、後期批判哲学の感情論を構想力の理論的進展から再構成し、カントの「道徳の感性論」を構想力の理論から捉えなおすことを試みた。その成果は博士論文「カントの批判哲学における構想力の研究」に結実し、本論文は近年中に著作としての刊行が予定されている。
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