平成28年度はアイヌ語沙流方言の公刊テキストをもとにRole and Reference Grammar(RRG)の理論的な枠組みを用いてアイヌ語の複雑述語(補助動詞構文および助動詞構文)を分析し、これに関連して査読付き論文1本の投稿をおこなった。 Van Valin and LaPolla(1997)をはじめとしたRRGのLayered Structure of the Clause(LSC)からアイヌ語の複雑述語を構成する節(clause)の構造を樹形図で示し、V1とV2の関係について考察した。 RRGには複数の述語形式がどのレベル(節、中核、内核)で統語的にリンクしているかを表わす連接(juncture)という概念と、連接の関係にある単位同士がどのような接続関係(等位接続・従属接続など)にあるかを表す接合(nexus)という概念がある。アイヌ語の複雑述語をLSCに当てはめて分析した結果、補助動詞構文である「V1+接続助詞+V2」は内核連接・連位接合、助動詞構文である「V1+Vt(他動詞)」は中核連接・従属接合、「V1+Vi(自動詞)」は内核連接・従属接合であると示し、V1とV2の間の複合制約について考察した。 RRGの理論をアイヌ語の分析に当てはめるには課題が山積であるが、今後もそれぞれの連接・接合タイプの妥当性を裏付けられるよう、統語的なレベルでの分析を進めていきたい。 アイヌ語鵡川方言の言語学的フィールド調査(北海道勇払郡むかわ町)は、今年度は36回、調査時間にして約180時間実施することができた。これらの録音、データ分析・保存には特別研究員奨励費で購入した録音機(ICレコーダー)、ノートパソコン、外付けハードディスクを用いている。今年度も引き続きエリシテーションによるアイヌ語の語彙調査、文例調査およびアイヌ語による自由談話、口承文芸、伝統歌謡の調査・記録をおこなった。
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