研究課題
研究代表者らは,単なる窒素代謝産物と考えられてきたアラントインがストレス下で蓄積し,アブシジン酸 (ABA)の生合成を惹起することを報告した。さらに,マイクロアレイ解析により,アラントインを過剰に蓄積するシロイヌナズナ変異株では,ABA応答のみならず,ジャスモン酸 (JA)に対する応答が亢進している可能性を見出した。昨年度までに,当該変異株では,野生株と比べてJA内生量が上昇し,外因性JAに対する応答が亢進していることを示した。しかし,アラントインの蓄積がJAに影響を受けるストレス適応に実質的な影響を与えるのか,また如何にしてJA応答を惹起するのかは未解明であった。本年度は病害抵抗性試験,およびストレスシグナル経路に関する遺伝学的な解析を中心に行い,以下のような結果を得た。1.マイクロアレイ解析により得られた発現プロファイルを再度詳細に解析した結果,アラントインの蓄積は,JA応答に関与するMYC2の転写制御を高めることが示唆された。一般的に,MYC2は病害抵抗性を抑制することが知られているため,アラントインを蓄積する株に対して病害摂取試験を行った。その結果,当該変異株では,野生株に比べて病害抵抗性遺伝子の発現量が低く,強い病徴が観察された。以上の結果から,アラントインの蓄積はMYC2依存的な応答を惹起し,生物ストレス耐性に影響を与えると考えられた。2. ABAがJAの上流でMYC2の発現を亢進させるという先行研究から,アラントインによるJA応答惹起は,ABA量の増加に端を発している可能性が考えられた。そこで,ABA新生経路や再生経路に異常を来した株に外因性アラントイン処理を行った。その結果,アラントイン処理によるJA関連遺伝子の発現亢進が消失した。更に,ABA再生経路の変異株とアラントインを蓄積する株の交配により得られた二重変異株でも同様の現象が観察された。
2: おおむね順調に進展している
アラントインの新たなストレス生理作用として,MYC2依存的なJA応答の活性化,およびそれに伴う病害抵抗性の抑制を見出した。また,遺伝学的な解析から,アラントインによるJA応答惹起は,ABA量の亢進によって引き起こされることを示唆する結果が得られた。これらは,アラントインが植物ホルモンのクロストークに関与し,ストレス応答に多面的な影響を与えていることを示している。研究代表者は,これらの研究成果を筆頭著者として取り纏め,国際学術誌にて公表した。アラントインがどのような機構を介してABAの生合成を活性化しているのかは今後更なる解析が必要であるが,本研究は一定の成果をみせたことから,概ね順調に進展していると考える。
次年度は,アラントインとABAの連関に重点を置き,これらを直接結びつける因子を同定し,アラントインの蓄積に端を発するストレスシグナル経路の全容解明を目指す。これまでの実験で,多量の外因性アラントインは,根の伸長抑制に繋がることがわかっている。そこで,EMSを用いた変異処理により,アラントインを投与しても根の伸長が抑制されない株を単離することで,アラントイン依存的なストレスシグナルに必要な因子の同定を試みる。また,アラントインによって発現が誘導される遺伝子のプロモーターとルシフェラーゼ遺伝子との融合コンストラクトを導入した変異株を作出する。これらにも変異処理を行い,アラントインに誘導される発光が消失した株を単離する。今年度は,非生物ストレス応答性遺伝子のプロモーターを用いたレポーターアッセイを行おうと試みたが,作出した変異株にアラントインを投与してもスクリーニング系に耐えられる十分な発光強度が得られなかった。そこで,本年度は新たに別の遺伝子のプロモーターを用いた実験系を立ち上げる計画である。また,最近アラントインを過剰に蓄積する株は成長量が低下していることを見出した。当初はアラントインによるストレス応答の活性化に関わる現象のひとつと考えていたが,詳細な解析の結果,予想に反して窒素を再利用する機能が働かなくなったことが原因であることが判明した。そこで,本年度はアラントインのストレス生理作用に加えて,プリン分解代謝による窒素再利用機構の研究を並行して行う。
すべて 2016 2015 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 2件) 備考 (1件)
Journal of Experimental Botany
巻: 67 ページ: 2519-2532
10.1093/jxb/erw071
http://www.mls.sci.hiroshima-u.ac.jp/mpb/index.php?FrontPage