生物個体の寿命の決定には様々な要因が関わる。近年、神経系による環境変化の知覚も寿命やストレス耐性の制御に影響を与え得ることを示す報告が増えている。しかしながら、これらの現象が生じる仕組みについては分かっていない点も多い。本研究は、環境変化の中でも生物にとって特に重要な情報であり、寿命延長効果を持つことで知られる「飢餓」の情報に注目した。そして、神経系による飢餓の知覚が寿命や寿命と深い関わりを持つとされるストレス耐性の制御において果たす役割とその分子メカニズムについて、線虫C. elegansを用いて解明することを目的とした。前年度までの研究から、線虫に対して飢餓時に働く神経伝達物質を投与すると、摂食条件下であるにも関わらず飢餓時にみられる応答が起こることが示唆された。さらに、この神経伝達物質を投与すると、神経伝達物質の受容体依存的に酸化ストレス耐性が上昇することを見出した。 本年度は、酸化ストレス応答に関わる代表的な転写因子のうち、神経伝達物質投与による酸化ストレス耐性の上昇に必要な因子の探索を行い、一つの転写因子を明らかにした。この転写因子は上記の飢餓時に見られる応答に関わるものであった。さらに、神経伝達物質を投与した際の遺伝子発現量の変化を網羅的に調べ、野生型と上記で明らかにした受容体または転写因子の変異体の間で発現量変化を比較した。その結果、受容体依存的に発現量が変化する遺伝子群と転写因子依存的に発現量が変化する遺伝子群に共通する遺伝子が多く存在することが分かった。これらの結果から、摂食条件下でこの神経伝達物質を投与すると、転写因子を介して飢餓応答時と似た遺伝子発現の変化が生じ、酸化ストレスに対する耐性が上昇することが示唆された。
|