本研究は、エピジェネティック制御に関わる酵素の低分子阻害剤を微生物培養時に添加することで、微生物のゲノム上に存在する未利用性合成遺伝子を活性化し、多様な新規物質を創出することを目的としている。これまでの研究で、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤であるSBHAやニコチンアミドが、多くの糸状菌の二次代謝活性化に有用であることを見出した。また、有効な阻害剤添加条件を用いて昆虫寄生糸状菌や植物内生糸状菌、Chaetomium属菌をスクリーニングし、顕著に二次代謝物の生産が活性化された株から、多様な構造を有する新規二次代謝物の取得に成功した。 また、化合物の取得には至らなかったものの、数種のStreptomyces属放線菌をSBHAやDNAメチル化酵素阻害剤添加条件で培養すると、コントロールと比較して、二次代謝プロファイルに変化が生じることを見出した。また、放線菌を培養する際の液体培地の種類を変えると、各種エピジェネティック酵素阻害剤に対する感受性に違いが表れ、ケミカルエピジェネティクスを行う際には、薬剤の種類だけではなく、培地の組成も検討する必要があることが示された。 また、糸状菌培養時に、真核生物のリボソームを標的とする抗生物質であるハイグロマイシンを添加することで、二次代謝物の生産性に変化が生じることを見出した。いくつかの糸状菌では、野生株ではほとんど生産されない化合物の蓄積が薬剤添加により顕著に増大しており、エピジェネティック制御を利用した天然物探索に加え、抗生物質添加による糸状菌の二次代謝活性化も展開することで、より多様な新規物質の創出につながることが示された。
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