研究実績の概要 |
本研究は、有機ハロゲン代謝物の脳移行性について解析し、脳における有機ハロゲン代謝物の動態解析とリスク評価を目的とした。本年度は、環境汚染物質が鯨類の神経に及ぼす影響を遺伝子レベルで明らかにするため、昨年度作成した鯨類(カズハゴンドウ)とヒトの誘導神経細胞(iNCs)を用いて、次世代シーケンスによるトランスクリプト-ム解析を行った。鯨類とヒトの1) 線維芽細胞、2) iNCs、3) 4'OH-CB72を24時間曝露したiNCsの3種からRNAを抽出し、変動する遺伝子を解析した。線維芽細胞からiNCsへの分化誘導能を検証した結果、ヒト・鯨類共に2000を超える発現変動遺伝子(DEGs)が認められ、両種において細胞外基質や焦点接着など神経発生に関わる遺伝子のエンリッチメントが確認された。さらに、シナプス形成に関与する遺伝子やそのレセプター (NPTX1, NPTXR)、シグナル伝達に関わる遺伝子 (SNAP25, SYT1, SYP)、神経内分泌セクレトグラニンII (SCGII)、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン受容体 (TRHR) など、中枢神経系特異的な遺伝子の発現量上昇が認められ、神経細胞への分化を裏付ける結果が得られた。また、iNCsと4'OH-CB72曝露したiNCsでDEGsを比較したところ、iNCsで発現量上昇した遺伝子の一部 (NPTX1、SCGII、TRHR) が減少しており、4'OH-CB72はシナプス形成、神経内分泌やホルモン受容体などに影響を及ぼしていることが考えられた。これらの結果から、鯨類の脳に移行・残留するOH-PCBsは、実際に脳内で神経毒性を引き起こしている可能性が示唆された。実環境中では、鯨類はOH-PCBs以外にも様々な環境汚染物質に複合的かつ慢性的な曝露を受けているため、他の汚染物質や複合曝露の影響についてさらなる調査が求められる。
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