本研究は、神経活動依存的に引き起こされる細胞内カルシウムシグナリングにおける異常が、ヒトの自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(ASD)の中核的症状として知られている行動柔軟性の低下に関与しているという仮説に基づき、ASDの生物学的基盤の一端を明らかにすることを目的としている。これまで、自身の開発した集団飼育環境下における新規マウス行動試験プロトコルおよび尾藤晴彦研究室にて開発されたカルシウムシグナリング関連遺伝子変異マウスを用いた一連の研究から、ASDの中核的症状である行動柔軟性や社会的相互作用の異常にカルシウムシグナル経路が関わっていることが一貫して示唆されている。ある遺伝子のノックアウトマウスにおいては、顕著な行動の転換の遅れが繰り返し見られると同時に、集団飼育環境下での社会的相互作用においても長期間顕著な異常が見られている。このマウスについて、本年度は、行動異常のより詳細な解析、行動異常に関連すると考えられる細胞レベルでの現象に着目した研究を進め、これらをまとめた国際学術誌の発表準備を完了した。また、扁桃体の亜核に集積する分子のノックアウトマウスを用いて、同様の行動・中間表現型解析及び同マウスを用いたウイルス実験から得られた知見をもとに、国際学術誌での発表に向けた基礎データの収集と論文作成準備を引き続き行った。以上から、ASDの中核的症状とカルシウムシグナリング経路に係わる遺伝子の働きをつなぐ知見がさらに集積した。
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