胃がんの発症にはcagA遺伝子陽性ピロリ菌の感染が関与している。ピロリ菌はIV型分泌機構を介してCagAタンパク質を宿主胃上皮細胞内に送り込む。CagAはグルタミン酸 (E) -プロリン (P) -イソロイシン (I) -チロシン (Y) -アラニン (A) からなるEPIYAモチーフを有し胃上皮細胞内へ侵入後、EPIYAモチーフのチロシン残基がリン酸化される。CagAはチロシンリン酸化されたEPIYAモチーフを介して複数の細胞内分子と結合してその機能を脱制御する。一方、EPIYAモチーフを持つ哺乳類タンパク質として同定されたPragminはEPIYAモチーフのチロシンリン酸化依存的にCagAの標的分子の一つであるC-terminal Src kinase (Csk) と複合体を形成する。本研究ではPragmin-Csk複合体形成の機能的意義を明らかにすることを目的とした。 PragminとCskの組換えタンパク質を用いたin vitro キナーゼ試験およびヒト胃上皮腺癌由来細胞AGSを用いた実験の結果、Pragmin-Csk複合体形成はCskを活性化し、CskによるPragminのチロシンリン酸化を促進することが明らかになった。チロシン残基に点変異を導入したPragminをCskと共にAGS細胞に発現させ、チロシンリン酸化量の変化を解析した結果、CskはPragminのEPIYAモチーフを含む3つのチロシン残基をリン酸化していた。それゆえPragmin-Csk複合体形成はCskの活性化の正のフィードバックループを形成すると考えられる。また、ヒト胃上皮腺癌由来MKN7細胞にPragminとCskを共発現させると、著しい細胞形態の伸長と細胞運動の促進が観察された。さらに免疫蛍光染色の結果、PragminとCskは接着斑に共局在していた。以上の結果から、Pragmin-Csk複合体形成とCsk活性化の正のフィードバックループの脱制御はがんの浸潤や転移につながる異常な細胞運動に関与する可能性があると考えられる。
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