雑種が子孫を残せなくなる雑種不稔は種分化の決定因子である。これまで実験動物を中心にその原因遺伝子の研究が進められてきたが、実際に種分化の過程にある野外生物での研究は乏しい。われわれは野外で同所的に生息しており最近に分化した二種のトゲウオ科魚類イトヨに着目し、その雑種不稔の原因遺伝子の同定を目的に解析を進めてきた。 先行研究により明らかになっていた原因領域には複数の遺伝子が含まれており、そこから候補を絞り込む必要があった。われわれはこの領域における精巣に発現し、急速に進化しているクロマチン結合ドメインをもった遺伝子を同定した(以下、遺伝子Aとする)。既知の雑種不和合に関わる遺伝子は同様の特徴を有することからこの遺伝子は強い候補だと考えられる。初年度、次年度の研究により、我々はこの遺伝子のタンパク質が二種で全く異なるヒストン結合性をもつことや核内でのタンパク質の局在も二種間で異なることを明らかにしてきた。 最終年度では遺伝子Aのトランスクリプトーム解析と精巣の表現型への影響の解析、また進化的研究を進めた。複数の時期のイトヨのトランスクリプトーム解析の結果、遺伝子Aは雑種不稔のあらわれはじめる精巣の発生後期において二種間での発現の違いがあらわれることが明らかになった。表現型への影響の解析では、野生型においてCRISPR/Cas9システムを用いた遺伝子Aの遺伝子破壊を行い、精巣における影響を解析した。サンプル数がいまだ少ないものの、いくらかのサンプルにおいて雑種不稔に似た空洞化した精巣を観察した。進化的研究では遺伝子Aのある領域のシンテニーを複数の生物種で調べ、この遺伝子のオーソログが魚類において倍化し、その一方である遺伝子Aが魚類全体で急速に進化していることがわかった。この現象はショウジョウバエでもみられる現象であり、雑種不稔の原因遺伝子の一般的傾向を示している可能性がある。
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