ハクジラ類の多くの種が特有の左右非対称な頭骨の形態に着目して研究を進めてきた.申請者は,頭骨の左右非対称性が従来言及されてきたものと当てはまらない場合があることを明らかにしてきた.この頭骨の左右非対称性は,鳴音の発信機能と関係している可能性が考えられてきた.具体的には,頭骨が対称なもの周波数帯が狭くモノモーダルな鳴音(NBHF)を,非対称なものは周波数帯が広くバイモーダルな鳴音(広帯域な鳴音)を発生するといわれている.ハクジラ類はこの鳴音を下顎で受信している.この鳴音の受信機能と非対称性との関係を示唆した先行研究はあるが,ハクジラ類下顎骨の左右非対称性と鳴音環境間の具体的解析例はない.そこで本研究では,ハクジラ類の中でもマイルカ上科(イルカ類)下顎骨の左右非対称性と鳴音タイプとの関連について,幾何学的形態解析の手法を用いて検討を行った. その結果,NBHFを発するネズミイルカ科において,下顎骨の輪郭に有意かつ方向性のある非対称性が存在すること,また非対称性の程度も他のものに比べて著しいことを示している.一方,マイルカ科のセッパリイルカ属では,ネズミイルカ科同様にNBHFを発するにもかかわらず,広帯域な鳴音を発する他のマイルカ科・イッカク科同様,非対称性の程度が小さく,有意差も方向性も認められないことがわかった.また,下顎骨の左側から右側への“変形”の様式については,セッパリイルカ属を含むマイルカ科とネズミイルカ科・イッカク科がそれぞれ系統特異的なパターンを示すことがわかった. 今後は,マイルカ上科下顎骨の左右非対称性の要因を明らかにすると共に,対象を拡大し,ハクジラ類全体の下顎骨の左右非対称性と頭骨の左右非対称性がどのように関連するのか,明らかにしていきたい.
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