研究課題
本年度は、メーテルリンク『群盲』(1890)の重要性を確認する作業から始まった。本研究で扱う作家サミュエル・ベケットが同作品に深い関心を寄せていた事実はすでに知られていたが、盲目性と諸知覚の混同という主題が両作家を結び付けている事実を改めて確認することになった。二人の作家が、盲人を舞台上で見せることの困難と創造的可能性を共有するのみならず、視覚を剥奪された状況下における聴覚と視覚の補完現象が、言語で表現されうる点で通底していたことは、これまで指摘されていない。しかしながら、ベケットの盲目性の追求は、演劇においては盲人を登場させるという表面的なものに過ぎない部分があるため、視覚と聴覚との混同状態に関して、演劇や映像作品を経由したのちの後期の言語表現を再検討する必要があった。そこで「見ること」自体を問いに付す未刊の散文Long Observation of the Ray(1975-77)を分析しながら、視覚の否定から生じる諸知覚の混在状態が、まさに言語以外によって具体化されえないものであることを明らかにした。この後、1960~1970年代のベケット作品群を概観しながら、「見ること」そのものが不可視性をはらんでいる可能性について考察した。可視/不可視、視覚/聴覚、具象/抽象のあいだで揺れ動く知覚の問題は、画家との共同制作にも表れている。本研究では、未だ取り上げられていない60~70年代のフランス抽象絵画との連関からベケットの作品世界における知覚を読み取ることを研究のひとつの骨子としているため、本年度のパリ出張では、Jean Deyrolleとの共同制作工程について考察を深めた。この時期に共同制作を行った画家たちの作品には、幾何学的抽象という共通点が見いだせるが、その幾何学が完全な図形を成すことなく、あえてズレや歪みを含み持つという点で共通していたことは一つの発見であった。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、年度毎の研究計画に照らしてみれば、いささか変則的な推進方策を取ることになったと言える。しかし、その内容に関しては、十分な成果を得ることができた。当初の計画では、まずイギリスで草稿資料の調査を行うとしていたが、上述した本年度の研究(後期散文における盲目性の諸問題の発見)により、同時期の抽象絵画との共同制作過程を考察することが先決と思われたため、次年度に予定していたフランスでの資料収集を先取りして行うことになった。この点では、本研究の全体像を早い段階から形づくるという上でも、有益な方法であったと思われる。しかしながら、その研究を下支えする理論的地盤を固める作業は、いまだ着手できていない。これは次年度の課題となった。それ以外の点においては、予定通りであり、盲目性についての研究を日本サミュエル・ベケット研究会において口頭発表する機会を設けたほか、ベケット後期作品における「見るもの」の不可視性についてまとめた論文は、フランスの出版社Classiques Garnierの近代文学叢書より刊行されるベケットシリーズ4に収録され、2015年春の出版が決定している。
本年度のフランス出張にて行った資料収集によって、フランス抽象絵画との関係をさらに掘り下げて検討していく必要性が出てきた。これは研究計画書の第二年次にすでに予定されていたことであり、引き続き予定通りに研究を進めていくことになる。まず20世紀抽象絵画の発展を概観しながら、関係する画家の布置を確認していく。その際に、「幾何学的抽象」と「抒情的抽象」といった潮流の特性を主に考察することになるが、当該する画家たちにおいてそのような腑分けが可能であるのかどうか、という点が最も興味深い点となるであろう。本研究の「理論」部分にあたるこの美術史的な考察を続けながら、さらに「抽象」概念についても哲学史を振り返る必要がある。これは26年度に予定していた基礎的作業であるが、美術史の発展と関連付けながら取り組むことで、より成果が上がるものと期待できる。以上の検討を行った上で、サミュエル・ベケットの作品において、詩的な「抽象言語」が形成されていく過程を読み取る作業に入る。これに関しては、初期の詩作および美術批評文と後期の散文作品における創作言語の比較をする。絵画「についての」作品と、絵画「と共存する」作品との相違を検討しながら、ベケットの目指した「抽象言語」とはいかなるものであったのかを考察していきたい。これによって、ベケット作品における「抒情性」と「幾何学性」の入り混じった独特の詩的言語が絵画との親近性を有する仕組みを明るみに出す。
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