研究課題/領域番号 |
14J07097
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研究機関 | 奈良県立医科大学 |
研究代表者 |
笹川 誉世 奈良県立医科大学, 医学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | 母子分離 / 条件付け場所嗜好試験 / 報酬系 / ドーパミン受容体 / エピジェネティクス |
研究実績の概要 |
虐待や育児放棄など幼少期において劣悪な養育環境に曝されることは、脳の構造・機能に継続的かつ重大な影響を引き起こし、成長過程や成体期における鬱病などの精神疾患への罹患率を高めることが報告されている。また近年、虐待経験者において、報酬に関連した課題遂行中の脳の神経活動が低下し、報酬の感受性の低下が見られることが報告されている。報酬行動は、嗜好性に依存した摂食行動や性行動の誘発の調節にも密接に関わり、報酬系の破綻は、薬物依存症だけでなく、摂食障害や社会的行動の異常を引き起こす原因にもなりうる。しかし、幼少期ストレスが成長過程や成長後の報酬行動に影響を及ぼす分子基盤は明らかになっていない。そこで本研究は、幼少期ストレスと成長後の報酬関連行動との関係を明らかにし、報酬系に影響を及ぼす分子基盤の解明を目指す。幼少期ストレスモデルである母子分離負荷マウスを作成し、11週齢において条件付け場所嗜好試験を用いて、嗜好性食餌に対する欲求行動への影響について検討を行った。その結果、母子分離群の雌マウスでは、嗜好性食餌に対する欲求行動の低下を示すことを明らかにした。また、報酬系神経回路である中脳辺縁系ドーパミン経路に着目し、側坐核及び腹側被蓋野においてReal time-PCR及びウエスタンブロットを用いて、チロシン水酸化酵素及びドーパミン(D1、D2) 受容体の発現について検討を行った。母子分離群の雌では、側坐核においてD1受容体の低下が認められた。これらの結果、母子分離群の雌で観察された嗜好性食餌に対する欲求行動の低下は、側坐核におけるD1受容体の発現が低下し、中脳辺縁系のドーパミン経路に異常により生じることが示唆された。本研究の成果は、幼少期の養育環境の重要性を示すと共に、幼少期ストレスが引き金となり罹患率が高まることが報告されている精神疾患等の予防・治療に繋がる重要な知見となると考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度の研究において、条件付け場所嗜好試験(CPP test)やその他の行動試験を行った結果、母子分離群の雌マウスでは、嗜好性食餌に対する欲求行動の低下を示すことを明らかにした。また、これまでの同研究室におけるマイクロアレイによる遺伝子発現についての先行研究の結果より、母子分離群の雄マウスでは報酬系に関係する側坐核においてドーパミン受容体(D1受容体及びD2受容体)の発現低下が生じていることが示されている。このことより、CPP testで観察された嗜好性食餌に対する欲求行動の低下は、主要な報酬系神経回路である中脳辺縁系(側坐核、腹側被蓋野)のドーパミン経路に異常が生じている可能性が考えられる。そこで本年度は、中脳辺縁系のドーパミン経路に注目をし、腹側被蓋野及び側坐核においてTyrosine hydroxylase (TH, ドーパミンの合成酵素)及びドーパミン受容体(D1、D2受容体)の発現について検討を行うことを目的とした。母子分離ストレス負荷マウスを用いて、11週齡において側坐核及び腹側被蓋野をサンプリングし、Real time-PCR及びウエスタンブロット用いて発現を調べた結果、母子分離群の雌マウスでは、側坐核においてD1受容体のmRNA及びタンパク質の発現の低下が認められた。また、腹側被蓋野におけるTH及び側坐核のD2受容体の発現は両群で有意な差はみられなかった。これらの結果は、雌マウスでは側坐核におけるD1受容体が母子分離により低下していることを明らかにした。CPP testで観察された嗜好性食餌に対する欲求行動の低下は、母子分離の経験により側坐核におけるD1受容体の発現が低下し、中脳辺縁系のドーパミン経路に異常をきたすことで生じることが示唆された。このことより、本年度予定していた計画は、おおむね順調に完了している。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究において、主要な報酬系神経回路側坐核として知られる中脳辺縁系(腹側被蓋野および側坐核)において、ドーパミンおよびその受容体(D1, D2)の発現をReal-time PCRおよびウエスタンブロットを用いて検討した結果、側坐核におけるドーパミンD1 受容体の発現低下を明らかにした。母子分離の経験により側坐核のD1受容体の発現に影響を及ぼし、嗜好性食餌に対する欲求行動の異常を引き起すことが示唆された。近年、DNAのメチル化やヒストンの修飾などDNAの塩基配列変化を伴わないエピジェネティクな機構により特定の遺伝子の発現を調節し、これらの変化が精神疾患等の発症に関与していることが報告されている。幼少期ストレスにおいても、幼少期に劣悪な環境を経験したヒトやラットでは、グルココルチコイド受容体(GR)遺伝子のメチル化が亢進し、GRの発現が減少することや、マウスではバソプレシン(AVP)遺伝子のメチル化が減少し、AVPの発現が増加することが示されている。また、DNAのメチル化にはDNAメチル基転移酵素(DNMT)が関わっており、幼少期ストレスの経験により、側坐核においてDNMTの発現が亢進することが報告されている。このことより、母子分離群の雌マウスにおけるD1受容体の発現低下は、DNAメチル化のエピジェネティクな機構により遺伝子発現が抑制されている可能性が十分に考えられる。そこで本年度は、側坐核におけるD1受容体遺伝子のメチル化状態についてバイサルファイトシークエンス法を用いて検討を行う。母子分離群は生後1-14日の期間、母親及び同腹の仔から毎日3時間の分離を行い、11週齢において側坐核をサンプリングし、実験に供する。これらの結果を踏まえ、幼少期ストレスが長期的に嗜好食餌に対する欲求行動や報酬系神経回路に及ぼす影響のメカニズムについて解明を目指す。さらにこれらの結果を取りまとめ、学会発表や論文作成の準備を行う。
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