研究課題/領域番号 |
14J07246
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
橋爪 大輝 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | 〈あいだ〉 / 活動 / 人格 / 戦争 / 公開性 / 思考 |
研究実績の概要 |
本研究は、政治哲学者ハンナ・アレントの思想を一貫した体系性の下に捉え、「複数性」の概念を軸に哲学/倫理学的に再読することを目的とするものである。 1.この体系的考察の着手点として、本年度はまず〈あいだ〉の解明をこころみた。その解明は、具体的にはアレントの活動概念の解釈というかたちを取り、「関係の創設と人格の開示」(『社会思想史研究』39号、2015年9月、2014年度中に受理済)という論文にまとめた。また、〈あいだ〉の生成の闘争的な性格について、「アーレントにおける「戦争」の概念」(社会思想史学会第40回大会、2015年11月)で報告した。上記報告をつうじて〈あいだ〉が主体を分離しつつ関係させる作用であることが示された。 2.続けて、こうした〈あいだ〉を構成するものとして生成する諸主体が、個体であるかぎり有するありかたを立ちいって研究した。第一に、こうした個体は、事物が現象する外的世界において、人格という形で存在する。人格が、他者のあいだに生起する間主観的現象であるしだいを、「公開性と人格」論文(『クァドランテ』18号、2016年3月)において示した。他方で、人間個体は現象する事物や他の人間から離脱し、孤立するなかで自らと対話し、思考することができる。アレントが人間の思考を、〈一者のなかの二者〉の対話として規定している件を、「アーレントにおける思考」(日本倫理学会第66回大会、2015年10月)において、筆者は報告した。 3.うえの思考にかんする分析にもかかわるが、アレントは人間の生の様式を活動的生と観想的生に大別するところから、自らの哲学を形成している。筆者は、アレントにあって、観想的生が最終的には棄却され、それを彼女なりの「精神の生」概念へと転化させていく過程を、彼女の余暇論という視角から解明した(「余暇・観想・思考」『季報唯物論研究』134号、2016年2月)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、アレントの体系的解明を目指すものであるが、これまでその体系性を構成する各契機・各要素を、順序立てて解明する作業を継続している。 2014年度から2015年度にかけ、本研究は〈あいだ〉というアレント哲学におけるいちばん基礎的な契機の解明に努めた。こうした基礎的概念の解明は、その後の研究の進展にとっても基盤となりうるものであった。2015年度からは、さらなる諸契機の解明に進んだが、基盤が整っていることはこうした進展に大きく資するものであった。 2015年度にとくに進展したことは、アレントが人間個体をどのような存在と捉えているかを、その個体性そのものが孕む重層性において分析しえた点にある。人間個体の個体性は、アレントの政治哲学にとっても、いうまでもなく非常に重要な要素の一箇である。そうした人間個体は、現象であるかぎりの人格性や、思考する存在者として有する精神性など、それ自体様ざまな契機に分節化可能な存在者である。2015年度の研究により、アレントの人間理解にかんする分析は、かなり進展した。 さらに、人格性を概念的に解明する作業の途上で、アレントにおける公開性の規定を十全に解明することも果たされた。公開性は、アレントにあって高度に哲学的概念であり、それは複数の人間のあいだで、存在者が様ざまな側面を示しながらも同一物として現われうるという事態を解明した、認識論的傾斜の強い概念であった。本研究はこの成果をもって、アレント哲学における認識論的要素の解明の手がかりをつけたこととなろう。 以上の点に鑑みるならば、本研究はその目標である体系性の解明という点にかんして、複数の要素をまんべんなく進展させており、またそうした成果をそのつど学会報告や論文において公開してきた点も踏まえるならば、おおむね順調に進展していると評価するのが妥当と判断される。
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今後の研究の推進方策 |
(1)これまでに、アレントにおける精神的活動性の問題にかんしては、思考が詳細に分析されている。しかし、アレントはさらに意志ならびに判断という精神的活動性を哲学的に考察してきた。本研究は今後、後二者の概念の哲学的解明を目指すことになるだろう。 (2)公開性の解明は、2015年度に或る程度果たされた。しかし大きく見るなら、公開性の概念は、公的領域/私的領域という大きな概念枠組みの内部で機能する概念でもある。しかし、とりわけ私的領域については、本研究はまだ明らかにできていない。今後は私的領域や、公私の区別の意義・正当性、公私領域の融合態と見なされる社会的領域、そして私的領域の近代的なメタモルフォーズである親密圏といった概念にかんして、哲学的な意義を解明する作業が必要であろう。 (3)人びとは複数者であるがゆえに、〈あいだ〉をもつ。アレントはその〈あいだ〉を世界と呼ぶが、世界もまた多層的な契機を有する。第一にそれは人びとの関係であり、第二には現象するものの世界である。このふたつはこれまでにもある程度分析が施されたが、第三にアレントは世界を〈もの〉の世界と捉えている。〈もの〉から成るがゆえに持続的で安定的とされる世界について、解明が求められる。それは政治哲学において、制度の安定性を基礎づけるという重要な働きをもっており、アレントにおける法概念の解明にも通ずる分析となるはずである。 (4)これまで本研究は、活動を、人びとを分離しつつ関係づける〈あいだ〉の作用として、抽象度の高い概念的な運動として捉えてきた。しかし、活動も政治的行為である以上、その具体的な様相も明らかにされるべきである。本研究は活動を再度、「説得」し「約束」することによって、「権力」を構成するという、具体的行為において明らかにすることを試みる。 以上4点が、今後の研究において解明されるべき、中心的課題にほかならない。
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