本研究は、政治理論家ハンナ・アーレントの思想を哲学/倫理学的な観点から体系的に解明することを目ざすものである。当該年度は、下記の点において研究の進展を見た。 (1)アーレントは、世界において他者とかかわる人間が、かかる他者と世界から後退し自分自身と対話することで自立を確立すると考える。彼女が思考と呼ぶのはこうした動態に他ならない。思考の機制と構造を、論文「〈一者のなかの二者〉の構造と成立機序」(『倫理学年報』第66集、日本倫理学会、2017年3月)において私たちは示した。 (2)アーレントは、人びとが形づくる共同性(〈政治〉)が公と私に分かれると考える。このような公私二元化には批判も多いが、私たちはこの二元論が公共性を確保するために欠かせない論理構成であることを、その〈親密圏〉批判を手掛かりに以下の学会報告において論証した。「アーレントの親密圏批判の意義」(ワークショップ「親密さの倫理」日本倫理学会第67回大会、2016年9月)。 (3)人びとの共同性が営まれる場は〈世界〉と名指される。世界は、彼女にあってその外延を伸縮させるものであり、彼女は人間が制作する〈もの〉からなる世界を「物世界」と呼ぶ。論文「有用性を越えて持続する〈もの〉」(『社会思想史研究』第40号、藤原書店、2016年10月)では、このような〈もの〉に関する理論を解明した。 (4)本研究は2015年度公刊の論文にて、アーレントの政治概念を「関係と主体を同時に出来させる〈あいだ〉の生成」として、高度に抽象的なその理路をひとまず解明していた。とはいえ、彼女は政治を具体性の相においても思考していた。論文「政治の闘争性」(『倫理学紀要』東京大学大学院人文社会系研究科 倫理学研究室、2017年3月)では、彼女の「戦争」や「アゴーン(闘争)」といった概念を糸口に、かかる抽象的概念を具体性の場に受肉させることを試みた。
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