研究課題/領域番号 |
14J07269
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
町本 亮大 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | オスカー・ワイルド / ヴィクトリア朝 / イギリス理想主義 / イギリス観念論 / リベラル・アングリカニズム / キリスト教社会主義 / 社会思想 |
研究実績の概要 |
初年度に引き続き、オスカー・ワイルドの美学的著作を同時代の社会思想と関連づけ解釈する試みを継続した。本年度の成果は三点ある。 1. ワイルドの『人間の魂』をイギリス観念論とそれに影響を受けた倫理的社会主義の文脈において解釈した。彼の学んだ当時のオクスフォードで支配的な思潮はT.H.グリーンに代表される観念論だった。先行研究においてワイルドのいう個人主義は、H.スペンサーに影響を受け自由と所有に関しリバタリアン的発想を取る同名の思潮との関連が重視されてきた。しかし観念論の文脈を導入することで、彼の個人主義がレッセ・フェール的個人主義より、個人の卓越性の発現と共同善の調和を志向する倫理的社会主義と親和性の高い発想であることが明らかになった。この成果をまとめた拙論は『オスカー・ワイルド研究』に掲載された。 2. 1.の論文中で簡単に言及したワイルドのキリスト像に関する考察を発展させ、日本ワイルド協会大会での発表に組み込んだ。ここでは、ワイルドのイエス論を先行する唯美主義美術の文脈――ラファエル前派らによる「贖罪」に重点を置いたイエス像との関連――でなく、J.S.ミルやグリーンら社会思想家の宗教論で描かれる「受肉」を強調するイエス像との関連で考えることの重要性を主張した。 3. イギリス観念論、ニューリベラリズムの理論家であるD.G.リッチーがワイルドと同年にオクスフォードの人文学を優等で修めている事実から出発し、この同時代性の持つ思想史的意義を検討した。ワイルドの「芸術家としての批評家」を初めとする美学的著作が、リッチーの社会思想的著述と修辞や語彙を共有している事実に着目し、両者が思想の表層的内容ではなく、より根源的な思考の枠組みという次元において、「設計への意志」と呼ぶことのできる発想の型を共有していることを示した。この成果をまとめた論文は『ヴィクトリア朝文化研究』に掲載された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究成果は二本の論文に結実した。一方の「オスカー・ワイルドの『人間の魂』における自己発展と共同善――個人主義、イギリス観念論、倫理的社会主義」は『オスカー・ワイルド研究』第14号に、他方の「D・G・リッチーとオスカー・ワイルド――世紀末のイギリスにおける「設計への意志」」は『ヴィクトリア朝文化研究』第13号に掲載された。いずれも査読付きの学会誌であり、とりわけ後者の論文が日本ヴィクトリア朝文化研究学会の優秀論文賞を受賞したことは想定以上の成果であった。 しかし日本ワイルド協会での個人口頭発表を論文化するまでには至らず、これは次年度の課題としたい。
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今後の研究の推進方策 |
これまでワイルドの著作を同時代の社会思想、とりわけイギリス観念論の文脈に位置づける試みを続けてきたが、次年度は、近現代イギリス思想・文学において観念論的思潮の果たした役割を考える糸口を得るために、本研究に時間的拡がりを持たせたい。このことが同時に、前年度までに探求したワイルドと観念論の関わりの持つ思想史的含意、現代的意義を明るみに出すことに貢献するはずである。具体的には以下の二つのアプローチを検討している。 1. ワイルドの『人間の魂』や『獄中記』にみられるキリスト論を、19-20世紀イギリスのキリスト教社会主義、リベラル・アングリカニズムの社会思想という大きな文脈に位置づけることを目指す。一般に抱かれている近代イギリス思想のイメージとは、個人主義、自由主義、経験主義といったものであるが、リベラル・アングリカニズムないしキリスト教社会主義は共同体主義的、理想主義的思潮であり、イギリス近代の通俗的イメージを覆す可能性を秘めている。とりわけ世紀転換期のキリスト教社会主義を代表するC.ゴアやS.ホランドが、T.H.グリーンに発するオクスフォードの観念論の伝統の継承者である事実が鍵となる。 2. ゴアやホランドが受け継いだイギリス観念論の伝統は、20世紀戦間期において、A.D.リンゼイ、E.バーカー、W.テンプルといったリベラル・アングリカンの思想家たちに継承されている。彼らは価値中立的な自由主義がもたらす社会の断片化を憂慮し、キリスト教的価値に基づいた社会的統合を志向した。ここで英文学研究に観念論の文脈を導入するための鍵となる人物が、T.S.エリオットとレイモンド・ウィリアムズである。前者は初めハーヴァードのJ.ロイスの下で、後者は成人教育の伝統から、それぞれイギリス観念論の精髄を継承しているが、この思想的意義を戦間期のリベラル・アングリカンの思想家たちを経由することで明らかにしたい。
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