本研究の目的は、コンピューターとユーザーとを媒介する音楽メディアである音楽ファイルを対象にし、日本におけるその社会的な受容過程をメディア技術史の視座から明らかにすることである。そのため、パソコンとネットワークを用いた音楽実践が日本で普及し始めた1990年代から、「音楽配信」事業が軌道に乗ったとされる2005年までの期間を対象にし、雑誌資料とインタビュー資料を一次資料として収集・分析してきた。 本年度は、上記目的を達成し博士論文の執筆を完了させるため、まず必要な追加の資料収集と分析を行なってきた。その点で本研究の方法論的な意義として挙げられるのが、音楽ファイルの受容過程において重要な役割を果たしてきたにもかかわらず、学術的に取り上げられることの少なかったアマチュアの活動を、インタビュー調査によって分析の俎上に上げていることである。本年度はとくに、4月に開催したアウトリーチ活動を介してMODというフォーマットのユーザーに重点的な調査を行なった。また、そうした実証的な調査分析のほか、理論的研究についても大きな進捗が見られた。本研究がキーワードとして着目している「音楽ファイル」や「デジタル化」をこれまでのメディア研究の潮流に接続するための枠組みとして、J.スターンが提唱しているフォーマット・セオリーの有用性について検討した。近年になって注目を集めているソフトウェア・スタディーズとも近接するこの理論枠組みを用いることで、本研究のメディア研究における位置づけをより明確化することができると考えている。フォーマット・セオリーは、日本ではまだ大々的な紹介がなされていない概念であるため、本研究の達成によりそうした理論面での貢献が行える点も重要だと考えている。
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