研究実績の概要 |
昨年度、小員環を有するステロイド誘導体の合成研究において、縮環シクロブテンの環拡大反応という予期せぬ化学反応を見出した。この反応は、縮環シクロブテンの熱的電子環状反応によって生成する単離不可能なcis,trans-シクロアルカジエン短寿命中間体を経由することが示唆されたが、今年度はその面性不斉という興味深い性質に着目することで、その存在を実験的に証明することに成功した。具体的には、光学活性な縮環シクロブテンを調製し、生成物である中員環縮環インドリンに不斉が転写されるかどうかを詳細に調べた。その結果、8員環短寿命中間体を生じる基質では、不斉が完全に生成物へと転写されたのに対し、9員環中間体を生じる基質では、不斉は全く転写されなかった。この結果は、trans-シクロアルケンのラセミ化半減期が環の員数に大きく依存することに一致する。またsp2炭素や酸素原子が基質の環内に含まれると、短寿命中間体の立体的安定性が高まり、ラセミ化の度合いが軽減された。さらには、テトラジンを用いたDiels-Alder反応によって短寿命中間体を捕捉することにも成功し、この反応においても不斉転写を確認することができた。結果的に本反応は、中間体の面性不斉を介する不斉記憶という非常に珍しい例となり、有機合成だけでなく分子不斉化学の観点からも意義深い結果が得られたと言える。今後、面性不斉短寿命中間体を経由した反応のさらなる発展が期待される。
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