研究課題/領域番号 |
14J07602
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
白石 直人 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | 非平衡統計力学 / 確率過程 / ゆらぎのエネルギー論 / 情報熱力学 / 分子モーター / 非平衡定常状態 |
研究実績の概要 |
申請者はまず、自律的な情報熱機関の理解を進展させた。自律的な情報熱機関は大きく分けて二種類存在する。一つは「測定とフィードバックを行う熱機関」であり、もう一つは、無限に長いビット列を用いた「情報浴」から仕事を取り出そうというものである。申請者は、これまでつながりが明らかでなかった両者の関係を明らかにした。具体的には、両者の代表的なモデルが縮約により等価に結びつくことを明らかにした。また取り出せる仕事の上限値について、先行研究では後者の視点の方がよりよい制約を与えると予想されていたが、縮約の方法を用いて比較を行った結果、前者の枠組で得られる不等式の方がより強い制約を与えることを明らかにした。さらに、前者の枠組を発展して得られる「部分エントロピー生成」の手法は一般のモデルに適用可能で、これを用いて得られる不等式は既存のどの不等式よりも強いものとなっていることを発見した。 さらに申請者は、自律的な熱機関のカルノー効率達成の必要条件を一般的な形で明らかにした。その必要条件は自律的な熱機関の遷移レートがあるタイプの特異性を持つことである。この結果はファインマンラチェットなど既存の自律的な熱機関のモデルに関する先行研究とはすべて整合的であり、これまでのモデル依存的だった結果を極めて一般に再現するような結果となっている。特にこの特異性の物理的実現には、「一つずつの粒子輸送」というミクロな方法と「適切な熱力学極限」というマクロな方法のどちらかが必要という結果が得られた。この結果は分子モーターの設計に対して示唆的である。分子モーターには単独に働くものと非常に多数で集まって協同的に働くものの二種類がおり、その中間程度の数で集まって働くものは少ない。申請者の結果はこの理由として、自律的な熱機関において高い効率を実現するために課された物理的制約という背景を示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、申請者が計画していた「測定とフィードバックを自律的に行う熱機関」と「濃度勾配を力学的仕事に変換する熱機関」の構築とその一般的理解は順調に進んでいる。 前者については、「部分エントロピー生成」の手法を開発し、これを用いることにより大きく理解が進んだ。まず自律的な測定とフィードバックでどのように情報が使われているかを明らかにし、さらに外から操作されている場合の測定とフィードバックの関係式との差異が何によって生じているのかも明らかにできた。さらに「情報」を用いるとされる他の熱機関との間の関係性も明らかにできた。 後者についても、マクロかつ自律的な熱機関のプロトタイプといえるモデルを構築し、さらにそのモデルの上限効率についての詳細な解析にも成功した。その結果、一般的な状況においては、上限効率はカルノー効率よりも真に小さな値に押さえられている一方、特異性のある遷移レートを用いた場合には熱力学極限でカルノー効率に漸近させることができることを明らかにした。 この結果は、申請者が計画していた「自律的な熱機関の一般的効率上限」の性質を非常によく体現するものとなっていた。このモデルの結果を一般化させることで、申請者は自律的な熱機関がカルノー効率に達成するための必要条件を明らかにした。それはあるタイプの特異性であり、さらにこの特異性を物理的に実現するには「一粒子ごとの輸送」か「熱力学極限で特異性を出す」かのどちらかが必要であることが分かった。 この結果は、申請者が最終年の研究として計画していた「自律的な熱機関の代表である分子モーターに対する物理的制約」を与えるものにもなっている。分子モーターは単独で働くものと非常に多数で協同的に働くものの二極に分かれているが、そのようになった理由として、自律的熱機関での高効率実現のための物理的制約の存在を本研究結果は示唆している。
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今後の研究の推進方策 |
自律的な熱機関のカルノー効率達成の必要条件を導く際に、申請者は「カルノー効率に達成する熱機関は準静的に動いている」という予想を仮定として用いた。この予想は非常にもっともらしいと考えられているが、実はいまだにきちんとした証明が与えられていない未解決問題である。申請者は、カルノー効率達成の必要条件を完全な定理にするため、この予想を定理としてきちんと証明することをまず考えている。 特に、申請者が開発した部分エントロピー生成の手法は、仕事や効率に対して強い制約を与えることにも有効な手法であることをすでに確認しているため、この手法のさらなる応用例として「カルノー効率に達成する熱機関は準静的である(有限パワーの熱機関はカルノー効率に達成できない)」という予想を一般的に証明しようと考えている。この問題自体多くの研究者によって取り組まれている重要な問題である上に、これが証明できれば「自律的な熱機関の熱力学」もまた完全に確立されることとなる。
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