今までの研究は「外省知識人」を介して、近代中国で受容される西洋思想が戦後においていかなる発展を遂げたかを明らかするために、殷海光の進化論思想や知識人論思想などについて考察を試みた。今年度の研究は前年度の蓄積から出発し、近代中国思想史における数回の文化論戦に対する系統的な分析を行った。 まず今年度の前半には「中西文化論戦」における徐復観と殷海光の論争について研究を行った。徐復観より殷海光は確かに西洋文化の精神的価値を重視したが、両者の根本的な違いは、中国伝統文化に対する態度ではなく、科学に対する理解の違いであることを究明した。その研究成果を第65回東北中国学にて発表を行い、のちに『国際文化研究』第23号に論文として掲載された。 今年度の後半から、報告者は欧米文化学の影響という新たな視点から中国文化の起源および性格に関する「西化派」の議論がどのように変化しているのかを明らかにした。具体的な考察は1920年代「中国文化本位論戦」の陳序経 と1960年代「中西文化論戦」の殷海光に注目し、欧米文化学がどのように彼らの西化説につながっていくのかを考察した。結果として、陳序経が地理環境との相互作用における人間精神の斉一性を主張することに対して、殷海光は人間の知恵の類似を認めるが、文化を形づくるプロセスにおける人間の価値観の差異を指摘したのである。また、陳序経の「西化論」には、「中国文化西来説」を源泉とする傾向が見られ、一方、殷海光は文化相対主義の影響の下に、始源的中国文化が西洋文化と同様な多元性を有することを力説し、西洋文化をモデルとして中国文化の多元的な本質への回帰をめざした。これらの研究成果をまとめた「近代中国における『中国文化の起源』をめぐる言説の変容―陳序経と殷海光の比較を中心に」と題する論文を『中国―社会と文化』第32号に投稿し、現時点査読中である。
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