ショウジョウバエの雌の産卵行動は低温・短日・饑餓の条件で著しく抑制される。昨年度までの研究により、我々は脳間部に存在するインスリン様ペプチド産生細胞(IPCs)がそれら環境・栄養情報を統合し、卵巣の発育と産卵行動を制御する中枢ニューロンであることを突き止めた。本年度は産卵を抑制する上記三つの要素のうち、特に低温がIPCsの電気的特性に与える影響を解析した。 IPCsは-55mV付近に静止膜電位を持ち、通常室温(24℃)では自発的発火は起こらない。しかし、IPCsを産卵が強く抑制される低温(11℃)に曝すと、膜電位は緩やかに脱分極して閾値に達し、持続的発火が生じた。温度を室温に戻すと膜電位は過分極して元の膜電位に戻り、発火は停止した。したがって、低温刺激はIPCsの大きな脱分極とそれに伴う持続的発火を引き起こし、インスリン様ペプチドの分泌を促進すると考えられる。 次に、この低温による脱分極のメカニズムを探るため、電位固定下でRamp波を与える実験によりIPCsの温度感受性成分の特性を調べたところ、その成分は-70mV付近に反転電位を持つチャネルである事が分かった。また、IPCsの入力抵抗は室温時と比べて低温時で約二倍に増加した。これらの事実から、IPCsでは低温時にK2Pチャネルが閉じ、脱分極が引き起こされるのではないかと考えられる。さらに、低温時の脱分極はGPCR阻害剤により有意に抑制された。したがって、低温によりK2Pチャネルが閉じる場合、その応答はGPCRを介している可能性が高い。 最後に、低温・短日・饑餓条件で飼育したIPCsの低温に対する応答を調べたところ、上述の脱分極応答は強く抑制され、発火も生じなかった。したがって、長時間のストレス環境への曝露はIPCsの電気的特性を活性な状態から不活性な状態へと変化させ、これにより卵巣発育と産卵行動の抑制が導かれるものと考えられる。
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