真核生物のゲノム配列の多くの部分がトランスポゾンと呼ばれる反復配列であるにも関わらず、これらがゲノム中になぜ存在し、何をしているのかはまだあまりわかっていない。特に近年、なんの機能も持たないはずのトランスポゾンの配列がどういうわけか遠縁の種間で非常に似ているケースが数多く報告されている。これらの事象を説明するため、(i)これらのトランスポゾンが実は重要な機能を獲得している、あるいは(ii)これらのトランスポゾンの水平伝播が頻繁に起こっている、という2つの説が主に提唱されているものの、ほとんどの場合推測の域を出ない。ここで問題なのは、トランスポゾンの配列の進化を理解するうえで必要な枠組みがまだ構築されていないという事実である。
そこで私はすでに全ゲノム配列が解読されている数十種の被子植物のゲノムを用いた比較ゲノム解析や進化解析などを行い、このAu SINEレトロトランスポゾンの進化の歴史を正確に再構築していくという作業を行った。結果として、このトランスポゾンが、全被子植物の共通祖先の段階からすでに存在しており、ある種では配列の相似性を保ったままゲノム中に残り、他の種では欠失等によりゲノム中から失われた可能性が高いことがわかった。そして、ある特定の配列を維持することがこのトランスポゾンのファミリーがゲノム中に生き残るために重要だった可能性が高いことを示した。この結果は、その生物にとっては何の機能も持たないはずのトランスポゾンの配列同士が非常に似ている、という現象が普通に、つまり水平伝播や機能の獲得などの特異な現象がなくても、トランスポゾンそのものの生き残り戦略だけで十分に起こりうることを示している。また、この結果をもとに我々はこのAu SINEのみならず、トランスポゾン全般に当てはまるような、トランスポゾンの進化を説明するモデルを提唱した。
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