研究課題/領域番号 |
14J08301
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
田中 昌宏 早稲田大学, 政治経済学術院, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | 財政政策 / マクロ経済 / 政治経済 / 計量分析 / ファイナンス |
研究実績の概要 |
本年度は大きく分けて二つの研究プロジェクトで顕著な成果を得た。第一に、経済・政治過程・財政政策の相互作用を統一的な枠組みで分析することに取り組んだ。具体的には、ミクロ基礎のある動学的マクロ経済モデル(Dynamic Stochastic General Equilibrium Model: DSGEモデル)に(i)経済変数から現政権の次回選挙での再選確率(支持率)へのフィードバック、(ii)現政権の次回選挙での再選確率から財政政策(政府支出、税制など)へのフィードバックを導入し、米国のデータを用いてベイズ的手法(マルコフ連鎖モンテカルロ法)により推計した。 フィードバックの様態は事前に関数形を特定しない分析手法(セミパラメトリック回帰)により特定した。大統領支持率から財政変数へのフィードバックは政府消費にのみ有意であり、支持率が極端に低い、あるいは極端に高い場合には政府消費は増え、逆に支持率が50%に近い状況では政府消費が減るというU字型の関係が見出された。これは、政治家は、次回選挙で再選できるかどうかの瀬戸際にあるときには、有権者の歓心を買うために政府支出の削減に取り組むということを示している。 第二に、財政状態と国債金利の関係に関する実証分析に取り組んだ。まず、標準的なDSGEモデルをいくつかの方向で拡張し、財政政策ショックの分散の増大でとらえられる財政政策の不確実性の増大が有意に国債の利回りに波及しているという結果を得た。さらに、国際パネルデータを用いて、長期国債の利回りが財政の不均衡に敏感に反応する国とそうでない国が存在する背景について考察した。パネルベクトル回帰モデル分析の結果、累積政府債務の水準だけでなく、政治的・制度的環境の違いが、財政の不均衡から国債の利回りへの波及の異質性に影響していることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初計画していた議会交渉のモデルをDSGEモデルに導入するというアプローチは断念したが、政治的予算循環の研究の問題意識をスタンダードなマクロ経済学の枠組みに導入することで、非常に明快な成果を得ることができた。本年度の研究で得られた成果は、政治家は選挙の直前になると有権者の歓心を買うために政府支出を増やす、とする伝統的な政治的予算循環とは矛盾するが、より最近に公表された政治経済学の実証研究の一部とは整合的であり、マクロ経済学だけでなく、近年の政治経済学の研究フロンティアに対しても一定の貢献ができたと考えている。 また、分析を進める際に用いた実証分析のツール(操作変数を伴うベイジアン一般化加法回帰、ベイズ近似計算など)は計算機統計学や生物学で熱心に議論されてきた手法であり、経済学では新奇な手法である。本研究計画を推し進めるうえでの技術的課題を克服するための試行錯誤の副産物ではあるが、これら分析ツールの経済学への応用可能性を示した点は、当初計画していた以上の射程をもった学術的貢献となった。 財政赤字と国債市場の関係を巡る研究についても、当初計画では次年度に跨って実行する予定であったところ、当該年度中に有望な結果が得られ、当初計画を超えた進展であったと評価している。
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今後の研究の推進方策 |
まず、26年度中に取り組んだ、財政赤字と国債の利回りに関する一連の研究プロジェクトを論文としてまとめる。国内外の学会で発表し論文の完成度を高めたのち、国際的な学術に投稿する計画である。DSGEモデルを用いた推計については、近似誤差が無視しえないほど大きいことが分かったため、モデルを拡張して再計算する。この計算は負荷が非常に大きいため、27年度春に稼働開始した本学の計算機サーバを利用して計算を行う予定である。パネルデータ分析については、今秋の日本経済学会での発表を申請し、現在結果を待っているところである。 27年度は新たに財政・金融当局間での相互作用に関わるモデリングブロックの開発に取り組む。自己実現的な均衡からの乖離要因として、政策当局間での物価コントロールの主導権を巡るゲームをモデリングする。現時点では、財政・金融当局がメッセージを市場に向けて送ることで、マクロ経済の均衡の結果として生じる政策レジーム選択に影響を与えるという状況を数学的に表現することを考えている。これは、政治経済学において研究されてきた、政治的キャンペーンのモデルの一種の拡張と捉えることができる。予備的な考察により、均衡の絞り込みに関する技術的な困難があることが分かったため、近隣分野の既存研究を参照するなどして解決策を探っていく方針である。 上述の研究は部分均衡的な色彩の強い内容を想定しているが、可能であればマクロ経済の一般均衡や定量的な評価にまで踏み込んだプロジェクトに発展させたいと考えている。その際には、連続時間の動学的一般均衡モデルの推計という計量経済学的な課題が生じるが、この点は前年度に用いた分析ツールの拡張で対応可能な範囲であるとみている。
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