九州天草周辺海域に生息する沿岸性鯨類ミナミハンドウイルカについては,人間活動の影響が危惧されている.そこで,当該海域に生息する個体群を対象に,生物学的な知見不足下での,将来の存続可能性に関する定量的な評価手法を検討した. まず,繁殖と生存に関する知見を文献調査により収集した.特に,天草個体群に関して不足する2歳未満の仔の生存率や,繁殖開始年齢や出生率等の繁殖特性値については,御蔵島周辺やオーストラリア周辺の海域に生息する他個体群を対象とする先行研究において報告された知見を援用した.また,個体群動態のシミュレーション結果と比較し,その妥当性を評価するため,本個体群の過去の個体数推定値を文献から得た. そして,各個体の生存・繁殖過程を追跡する個体ベースモデルに基づいて,個体群動態のシミュレーションを実施した.2歳以上の個体の性別成熟状態別の生存率には,前年度に本個体群の個体識別データから推定した値を与えた.2歳未満の仔の人為死亡率に関しては,予測結果が過去の個体数推定値と適合するように複数のシナリオを検討した.1995年から13年間の個体数の予測結果は,2歳未満の仔の人為死亡率を年間0,5,10%としたいずれの場合でも,過去の個体数推定値と矛盾しなかった.2008年から100年間の予測の結果,仔の人為死亡が生じないとみなした場合は個体数の減少が検出されなかった.一方,人為死亡率を年間10%と仮定した場合,個体数は年間1.1%ずつ減少していき、3世代(60年)後には半減するに至った. 本結果から,IUCNレッドリストの基準A4に基づいて,本個体群が絶滅危惧の「危機(Endangered)」カテゴリに該当する可能性が示された.
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