本研究計画では,有性生物に必ず伴う性選択・性的対立といった性特異的選択圧が生み出す資源利用形質や繁殖行動などの様々な生態系レベルでの性差,すなわち性構造の存在に着目して群集動態を捉え直すことを着眼点とした.とくに,前年度までの研究で繁殖の投資におけるオスのムダが,その他の種間相互作用の性差と結びつくことで,1)相乗的に食物網動態に影響を与える,2)高次の栄養段階では捕食行動の性差が,低次の栄養段階では捕食圧の性差が動態に与える影響が大きい,3)多種系において,性差の存在が複雑性-安定性関係に影響を与える,という3点を理論的に明らかにしてきた. 当該年度は,この「性特異的選択圧が進化させる群集レベルの性構造」というアイデアを更に普遍化し,種特有の選択圧が生み出す形質進化が群集動態に与える影響についての理論的考察を行った.具体的には,これまで多種共存の問題で重要視されてきた,機能の反応などの密度依存的な種間相互作用の進化に種特有の選択圧が及ぼす影響に着目し,1)多種系において各種が結ぶ種間関係は,容易に様々な方向の密度依存性を進化させること,2)その結果生じる種間相互作用の密度依存性の多様さが,群集の複雑性-安定性関係を大きく変化させること,3)特に,負の種間相互作用の密度依存性の方が,利益がある種間相互作用の密度依存性よりも大きい場合,非常に強い正の複雑性-安定性関係が生じること,の3点を理論的に明らかにした.これらの結果は,永らく群集生態学において議論になってきた複雑性-安定性問題に理論的な決着をつけるものだけでなく,今後の生態系の維持・管理問題においても利益をもたらす可能性がある.
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