昆虫の脱皮や変態などを制御する神経ペプチド・前胸腺刺激ホルモン(PTTH)は、異なる昆虫種間でほとんど交差活性を示さない。私は、このPTTHの標的特異性の全容を解明することを目的として、そのレセプターTorsoによる厳格なリガンド認識機構を研究した。 平成26年度には、カイコガTorsoが、膜貫通領域にある分子間ジスルフィド架橋を介した二量体を形成することで、PTTH刺激依存的な応答を引き起こしていることを明らかにした。このことから、Torsoの膜貫通領域は、PTTHの直接的な結合部位ではないものの、PTTHとの特異的相互作用に間接的に関与しているものと考えるに至った。そこで、平成27年度は、(1)まず、膜貫通領域の3つのシステイン残基をすべてフェニルアラニンに置換した変異体(FFF変異体)を調製し、架橋剤Sulfo-EGSを用いてその会合状態を野生型と比較した。分子間ジスルフィド架橋のないFFF変異体でも非共有結合的な二量体形成が観測されたものの、野生型とFFF変異体とでは架橋剤に対する反応性が異なっていた。Sulfo-EGSは脂質膜に侵入・透過できない親水性架橋剤であることから、Sulfo-EGSに対する反応性の違いは、まさに野生型とFFF変異体とで細胞外領域の構造が明らかに異なっていることを示しており、分子間ジスルフィド架橋の有無がリガンド結合部位の構造に大きく影響する可能性を示した。(2)次に、対照試料として、同じ鱗翅目に属しTorso遺伝子が入手可能なヨトウガのPTTHを調製した。カイコガPTTHと同様にブレビバチルス菌を用いて発現させたところ、カイコガPTTHよりは収量は劣るものの、活性型のヨトウガPTTHを得ることに成功した。今後、Torso膜貫通領域の分子間架橋の存在を考慮しながら、カイコガとヨトウガとでPTTH-Torsoの相互作用に必要な残基を同定・比較することで、PTTHが示す標的特異性を分子構造レベルで明らかにする予定である。
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