研究課題/領域番号 |
14J08789
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
三野 麻衣 東京藝術大学, 美術研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2016-03-31
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キーワード | 石窟壁画 / 中央アジア / 国際情報交換 中国 / 仏教壁画 / 描画材料・技法 |
研究実績の概要 |
26年度はキジル石窟での現地調査を実施し第69・167・224窟に残る壁画の熟覧調査や材料分析などを行った。前年の調査に引き続き、今回も蛍光X線元素分析法(以下XRF)による描画材料の推定や、マイクロスコープを用いての壁画表層の観察、紫外線や赤外線、側光線などの特殊な光源を用いた状態記録写真の撮影などが実施された。 報告者の当該年度の調査目的のひとつに、先行研究でほぼ報告のない、青緑色を呈する色料についての情報収集が挙げられる。キジル壁画ではアタカマイトが主な緑色顔料として同定されており、本調査においてもXRFにより銅と塩素が検出された。その一方、先述した青緑色は69窟と224窟の壁画において確認され、同分析から銅や塩素のほかヒ素が含まれることが分かった。前年度の調査でも青緑色からヒ素が検出されていたが、測定箇所が1ヶ所しかなかったために信頼性を欠いていた。しかし26年度、改めてヒ素を含むことが確認できたことから、この青緑色はアタカマイトと異なる化合物であることが裏付けられた。これが天然の鉱物に由来するものか、人工的に作られた材料であるのかは、いまだ考察の余地がある。マイクロスコープによる彩色層の観察からは、顔料粒子が非常に細かく、粒径が揃っていることが確認できている。天然鉱物を砕くなどして作られる色材は、水簸してもある程度粒径にばらつきが出るため、この青緑色の顔料は人工物の可能性も考えられる。 加えて、この青緑色は緑色を縁取るような形で彩色されていることが多い。クムトラ壁画にも類似する青緑色が見られ、やはり緑色の縁取り色としての使い方が確認できた。今年度は敦煌莫高窟での調査を計画しており、この青緑色が見られるか、どのような使われ方であるかといったことが着眼点になる。敦煌壁画にも同様の色調、用法が確認できれば、材料そのものだけでなく彩色の技法も共に伝播していることを示す好例となると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
報告者は当初、石窟の形式や平面プランなどに着目した現地調査を行ない、先行研究で指摘されてきたような石窟の分類方法や機能論を再検討することを研究目的の一つとして掲げていた。この研究計画の実現には窟の情報をできるだけ数多く収集することが必要であり、キジル石窟群全域、少なくとも一地区を広く網羅することが不可欠であった。しかし東京芸術大学と亀茲研究院の間には平成25年から研究協定が結ばれることとなり、先述の69・167・224の3つの窟に対してこれまで以上に詳細な調査が可能となった。このなかでXRFなどの科学分析機器による調査も許可されている。一方で、当初予定したような石窟群全域を対象とする調査については実施が難しくなったという背景があり、好機を有効に生かすためにも、研究協定内容の中で可能な限り詳細な調査を行なうという方向転換をした。結果として、修復や保存の手がほぼ入っていないオリジナルに近い状態での材料分析や表層観察が実施できた。 26年度も前年度に引き続きキジル石窟での現地調査が順調に実施できた。特に評価できる点としては、青味を帯びた緑色の色材に着眼し、XRFによって銅と塩素のほか一定量のヒ素の含有を確認できたことが挙げられる。リーデラーやゲッテンスによる先行研究では、この青緑色をクリソコラであると推測している。しかしクリソコラであればヒ素は含まれないはずであり、非常に興味深い分析結果であると言える。 敦煌壁画においても、既刊の報告書などから類似する青緑色の存在が窺える。この青緑色はアタカマイト同様に一定の地域性をもって使用されていたと推測でき、その彩色法などの傾向を広域に見ることで、材料や技法の伝播の仕方を考察するのによい着眼点になると考えている。 報告者は当該年度の調査結果について研究発表も行っており、以上の状況から進捗状況としてはおおむね良好であると判断するものである。
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今後の研究の推進方策 |
今後も、銅とヒ素とを主成分とする青みを帯びた緑色を研究の主軸として進めていく予定である。具体的には敦煌壁画に対して現地調査を実施し、キジル壁画に見られたような青緑色が見られるか、どのような彩色方法で用いられているかといった点について観察を行う。先方の許可が降りれば蛍光X線分析を実施したいと考えるが、難しければマンセル色票による色彩の数値化を行い、同様の材料かどうかを判断したいと考える。 また、キジル石窟での現地調査を今年度も実施し、これまでの分析や観察の不足を補う予定である。
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