本年度は,申請書に記載のうち「断層状態推定の高度化」の内容として「高詳細な地殻変動解析手法を用いたアセノスフェア粘性率・断層変位同時推定手法の開発」を行った.海溝型巨大地震震源域の現在の固着状態等の情報を得るため,日々の地殻変動観測データを用いて,逆解析的に断層面上での変位を長期に渡りモニタリングすることが重要と考えられる.一方,解析の際に地中粘性率という物性値の設定が難しいことが知られている.高詳細な地殻変動解析と地殻変動観測データを用いた,断層変位と地中粘性率の同時推定により,より適切な粘性率の設定が可能であると期待されるため,そのような推定手法の開発に取り組んでいる.本年度は特に,適用例として取り組む東北地方太平洋沖地震を模した双子実験の問題設定をより現実的なものとし,観測点位置や地殻構造モデルの異なる様々なケースを調べ,計算性能についても詳細に検討した.次に,物理シミュレーションに基づいた適切な震源断層シナリオを提示するための手法として期待される「地震サイクルシミュレーション」の内容として,前年度までに開発してきた地殻変動の高速な粘弾性有限要素計算手法を地震サイクルシミュレーションに適用するための手法開発を行った.地震サイクルシミュレーションでは,断層面上でのすべり速度に対するせん断応力の時間微分値の計算が必要となる.すべりに対する応答の解析的表現を用いた応力計算が多用されてきたが,本研究では,地殻構造の三次元不均質性や粘弾性などの複雑な構成則を考慮するために,必要な応力を有限要素計算する手法を開発し,京コンピュータ上で実装した.規範的な問題設定にたいして地震サイクルシミュレーションを行ったところ,既往研究と整合する結果を得た.この手法を,実領域の地殻構造モデルに対して適用すれば,物理シミュレーションに基づいた震源断層シナリオの提示へ向けた大きな一歩となる.
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