平成28年度の研究実績として、ロンドン大学での資料収集が挙げられる。教育学研究科付属の図書館において、手仕事と教育に関する資料をアーカイブにまで範囲を広げながら渉猟した。発見した資料は主に1910年代から1930年代に書かれたものであり、それらの資料から、産業化によって生じた疎外の克服が、手仕事に期待されていることが見いだされた。手仕事は単に身体の職業的訓練だけでなく、「人間性の回復」という、精神的な役割を期待されていたのである。以上の資料収集の成果を、学会発表あるいは論文投稿という形でまとめていきたい。 次に、「注意力」に関する研究が挙げられる。人間と手の関係についての研究は、人間存在が根本的に技術によって代補されていることを明らかにした。もちろん教育のみならず、今日あらゆる分野で注目を集めている「注意」の能力もまた、技術によって代補されている。この点に関して、フッサール現象学を批判的に考察したベルナール・スティグレールの議論を参照しつつ、論文を執筆し、投稿した。現在査読中である。 また、教育思想史学会にて、「社会的なもの」について共同発表を行った。「社会的なもの」は、手仕事と思考の関係を主題とする本研究課題と直接関係するものではないが、教育を研究するうえで多角的な視点が必要だと考えたため、教育史研究者や実践家たちと共同研究を行い、学会発表を行った次第である。教育と福祉、公共性の複雑な関係について様々な領域の知見を参照しつつ検討したこの研究の成果は、次号の『近代教育フォーラム』に掲載される。
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