研究課題
本研究は,鉄系超伝導体FeSe1-xTexを用い,その薄膜作製技術を応用しジョセフソン接合や人工超格子を作製すること,ジョセフソン接合にマイクロ波を照射した時に現れる共鳴現象を観測することで超伝導発現機構に関する知見を得ることを目的としている.CaF2が最適な基板材料であることがわかったので,本年度はまず一度原点に立ち返って,全組成領域を調べ直した.FeSe1-xTexは,x=0.1-0.4の組成領域は固溶せず,これまで合成できないと考えられてきた.パルスレーザー堆積法によりCaF2上にFeSe1-xTex薄膜を作製した.X線回折より作製した薄膜は単結晶であることがわかり,また格子定数はxの変化に従い系統的に変化していることから,固溶しないと考えられてきた組成領域を含めた全組成領域の単結晶薄膜の作製に成功したことがわかった.さらに超伝導転移温度Tcはx=0.2で最大となることがわかった.これまで考えられてきた組成x=0.5とは異なる.そのときのTcはTczero=20.5Kであり,バルク超伝導を示すFeSe1-xTexにおいて報告されている値の中で,常圧下のものとしては最も高い.次に人工超格子の作製に取り組んだ.層状成長を示唆する反射高速電子回折像強度の振動が数回程度は観測できるまで成膜条件を最適化できたので,超伝導体FeSeと非超伝導体FeTeを交互に積層させた(FeSe)m(FeTe)n超格子薄膜を作製した.X線回折では,超周期構造を示唆する明確なサテライトピークが観測された.しかし,断面の透過型電子顕微鏡像にはFeSeとFeTeのはっきりとした界面は観測されず,界面でSeとTeの拡散が起きていることが示唆される.作製した超格子薄膜は低温で超伝導転移を示すことがわかった.また上部臨界磁場の異方性はバルクの値よりも大きく,これは超格子化効果であると考えられる.
2: おおむね順調に進展している
本年度は,これまで合成できないと考えられてきた組成を有する単結晶試料の合成に成功し,全組成領域の試料を得ることができるようになった.また最も超伝導転移温度Tcの高い組成を明らかにして,Tcを以前よりも上昇させることに成功した.Josephson素子などへの応用を考えると,Tcが高い方が有利であり,この結果は本研究の完成のために非常に重要である.さらにこの成果は,本研究以外の研究においても重要である.Fe(Se,Te)は非常に小さなFermi準位をもち,BCS-BECクロスオーバー領域にある非常に稀な超伝導物質であるが,その研究のためには系統的な試料が必要であるが,本研究成果により,それが可能となった.本年度はさらに,成膜条件の最適化にすることで,PLD法でも層状成長に近い状況が実現でき,人工超格子の作製が可能になった.(FeSe)m(FeTe)n超格子で観測されたTcの上昇は,SeとTeの拡散によるものである可能性が高く,期待した超格子化による効果ではないと考えられる.しかし一方で超格子化により上部臨界磁場の異方性を増大させることに成功した.これは本研究の達成目標の一つである.以上から,本年度における本研究の達成度を「おおむね順調に進展している」と評価した.
本件度は,PLD法でも層状成長に近い状況が実現できるようになり,FeSeとFeTeの人工超格子の作製に成功した.今後はFeSe層及びFeTe層を系統的にまた様々に変化させた(FeSe)m(FeTe)n超格子を作製し,上部臨界磁場の異方性とTcとの関係などについて調べる予定である.またFeTeは低温で金属なので,今後はFe(Se,Te)の上に成長できる絶縁体材料の探索も行う.もちろんこの絶縁体材料は平坦な(2次元的な)成長をする物質でなければならない.最適な絶縁体材料が見つかれば,微細加工技術を用いてJosephson接合を作製する.十分な特性のJosephson接合が作製できたら,Josephson接合におけるLeggettモードとマイクロ波との共鳴現象の観測を目指す.
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