研究課題/領域番号 |
14J09316
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
川下 俊文 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | 浄瑠璃 / 素人義太夫 / 日本文化 / 近代 / 古典芸能 |
研究実績の概要 |
平成27年度の研究では、福岡県立図書館所蔵の杉山文庫資料を調査し、二世豊竹古靭太夫・四世竹本大隅太夫を初めとする文楽座演者たちや、当時文楽座を経営していた松竹の幹部であった白井松次郎・多田福太郎・福井福三郎などから、素人義太夫・杉山其日庵(茂丸)に宛てられた書簡を閲覧した。これらの書簡には義太夫節浄瑠璃の技芸に関する口伝や研究成果が多く含まれており、杉山の著書『浄瑠璃素人講釈』(黒白発行所、1926年)の記述との相関が見て取れる。また、杉山が豊竹古靭太夫の後援者としての立場から、文楽座内部の紛擾に対して介入した経緯がうかがわれ、『浄瑠璃雑誌』を始めとする同時代の雑誌記事と対照することによって、文楽座の興行に対しても隠然たる影響力を持っていた素人義太夫の存在があらわになってくる。 杉山による文楽座への介入については、2016年3月の「夢野久作と杉山3代研究会」第4回研究大会において報告しており、今夏発行予定の同会会誌『民ヲ親ニス』第4号に投稿する予定である。また、すでに早稲田大学演劇博物館所蔵の杉山宛古靭太夫書簡の一部が、同館図録『豊竹山城少掾展』(2013年)において翻刻紹介されていることにかんがみ、質・量ともに演博所蔵分を上回る杉山文庫資料についても、ご遺族の了解を得たうえで翻刻紹介を行い、かつ『浄瑠璃素人講釈』との比較検討を行いたいと考えている。 また、近代の新作浄瑠璃の作品研究として、「薫梅忠義魁」および「建治寺御法の大滝」と題する二作品についての論考を発表した。特に前者は、日中戦争期に盛んに制作された「時局物」の先駆的な存在である。時局物の制作は、義太夫節浄瑠璃が(単に古典芸能ではなく)同時代的に効用のある芸能として認識されていたことの証でもあるので、その歴史的展開について今後とも調査を続けたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の予定としては、『浄瑠璃雑誌』などの素人義太夫同好雑誌や、新聞紙上の素人義太夫人気投票などを題材として、素人義太夫の活動に関するデータ収集を行い、地域性や社会階層について考察を加えるつもりであった。しかし、研究を進める過程で、時局物を始めとする新作浄瑠璃の作品研究へと興味が移りつつあり、素人義太夫の活動に関するデータ収集の作業は後回しになっている。そうした点から評価すれば、研究の進捗は所定の目標に比して遅れているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
研究を進める過程で、論点や調査対象が変化していくことは、思考の柔軟性を保つ上では意義のあることだが、一方で限られた時間の中で明確な結果を出すことの妨げともなる。殊に私の場合は、すでに博士課程在籍三年目となったので、博士論文の執筆を見据えて、統一的な研究テーマを構想し直すべきである。現状に即して構想をし直すのであれば、素人義太夫の活動を網羅的に調査するというよりは、むしろ杉山其日庵などのように文楽座の周囲にあって影響力を行使した人物についての調査にシフトするなど、調査対象の絞り込みを行う必要がある。また、時局物の研究にあたっては、教育政策や、軍部の広報活動などといった、時局物公演の背景となる諸事象について知見を得ておく必要がある。
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