本年度も、研究課題に即していくつかの事例に関する調査・発表を行った。 平成28年3月開催「夢野久作と杉山3代研究会」第4回研究大会での口頭発表に基づき、同研究会会報『民ヲ親ニス』第4号に「文楽座紋下譲渡問題に対する杉山茂丸の関与 ―福岡県立図書館杉山文庫所蔵書簡から―」と題する投稿を行った。昭和8年に文楽座内部で起こった、紋下の地位をめぐる三世竹本津太夫と二世豊竹古靭太夫(のちの豊竹山城少掾)との紛争に対し、浄瑠璃愛好家の杉山茂丸が古靭太夫の贔屓として座外から介入した経緯を紹介して、当時の文楽座の経営に対する浄瑠璃愛好家・素人義太夫の影響力の大きさを示した。 また、平成28年6月開催「幕末明治研究会」京都大会において、「浄瑠璃に描かれた幕末明治の事件」と題する口頭発表を行った。これは大阪市立中央図書館所蔵の五世竹本弥太夫旧蔵書のうち、『大阪朝日新聞』連載の続き物を原作とする『邯鄲回転短夜夢』(明治15年成立)について考察したものである。明治10年代後半に『大阪朝日新聞』と大阪の演劇界が密接な関係をもったことは、すでに日置貴之『変貌する時代のなかの歌舞伎』(笠間書院、平成28年)に紹介されているが、浄瑠璃においてもその動向に注目する意識があったことが窺われる。 そのほか、科研費を利用して、兵庫県南あわじ市の淡路人形浄瑠璃資料館に所蔵されている、西南戦争・日清戦争・北清事変・日露戦争を題材とする作品について調査を行った。このうち西南戦争物については、熊本県合志市の合志歴史資料館に所蔵されている異本をも調査した。これらの作品は、近代の大規模な戦争を、近世期浄瑠璃時代物の典型的な五段構成に仕組んだもので、あたかも時代錯誤の産物のように見えるが、その齟齬にこそ、義太夫節浄瑠璃を通して近代の世相を穿とうとした淡路人形座と、それに喝采を送った観客の時代意識を見出すことができる。
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