2016年度が特別研究員としての最終年度であったが、ニヶ月間の育児休暇取得のため、その分2017年度4月、5月のニヶ月に繰り越された。以下は、その間なされた研究の成果・実績についての概要である。 本研究は、ルーマニア亡命詩人が、その流謫の生における故国喪失・他者の土地文化との遭遇を通していかに、文学的実存を変化させ、「祖国」表象を特徴づけてきたか明らかにするものである。ルーマニアからベルン(スイス)、リオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)、シアトル、ホノルル(アメリカ合衆国)と移り住みながら、土地々々に根差す文化や芸術、政治に深く関わってきた詩人シュテファン・バチウの生涯と詩に焦点を当て、現在博士論文を書き進めている。 本年度の研究期間における成果・実績としてあげられるのは、文献上たいへん価値のある資料群をルーマニアへの研究滞在中に発見できたことにある。詩集、エッセー、回顧録、詞花集などあわせて100を越え、新聞記事は7000を越えるといわれているバチウの作品群、しかもそれぞれが少部数発行であるといわれるそれは、入手するだけでも困難を極める。しかし、彼が客死して後、散逸してしまったホノルルにおける蔵書の大分が、ルーマニア学術院という研究機関に人知れず収められていることがわかり、それを調査・渉猟した。とりわけ未出版である自伝『死者はコーヒーを飲まない』を始めとする手稿群を発見できたことは、本研究に大きな進展をもたらした。彼の文学活動が大きく展開し、世界規模に広がっていったラテン・アメリカ時代の、具体的な動向を明らかにする資料は少なく限られていたが、これらの手稿が参照されることで、その詩と生涯の評伝的記述がより精緻になされることになる。 詩人と生前に親交のあった編集者や詩人を訪ね、現代におけるその生涯と詩の価値、受容について意見交換できたことも、博士論文の執筆に大きく貢献している。
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