研究課題
沈み込み帯では、ハロゲンや希ガス、水、二酸化炭素などに代表される揮発性物質が、沈み込むプレートに取り込まれてマントルへ運ばれている。本研究では、揮発性物質が地球表層から地球内部へと沈み込む過程を、沈み込む流体(水や二酸化炭素)の最も良いトレーサーと考えられるハロゲンと希ガスを用いて解明することを目的としている。研究対象は、沈み込んだ流体が持つ1次的な情報を最もよく保存していると考えられるマントル捕獲岩を扱う。マントル捕獲岩中のハロゲンは極微量しか存在せず、通常用いられる分析手法での分析は極めて困難である。そのため、原子炉で試料に中性子を照射し、試料中のハロゲン原子を希ガス原子へ変換し、高感度希ガス質量分析により定量するという手法を用いた。今年度は日本国内での中性子照射は困難であったため、過去に照射をしていた試料を用いた。今年度は、アジア東縁の背弧側で産出したマントル捕獲岩の流体包有物に含まれるハロゲンを分析した。そのハロゲン組成は、MORBマントルと比べ数倍高いBr/Cl比と、数倍から数十倍高いI/Cl比を示し、背弧側にヨウ素と臭素に富む流体が供給されていることを示唆する。これまでに報告されている研究からは、ヨウ素と臭素に富む流体の運び手は、それぞれ蛇紋岩、エクロジャイトである可能性が考えられる。また、これまでに得られた試料のI/40Ar*比(40Ar*は、40Kからの壊変により生成した放射壊変起源の40Ar)をセッティングごとに比較すると、海溝に近いセッティングほど高い比を示す。ヨウ素は、そのほとんどを沈み込み起源と仮定できると考えられる。一方で、40Ar*は、地表から沈み込む流体では乏しくマントル起源と考えられる。そのため、セッティングにより差が生じていることは、I/40Ar*比は沈み込みが及ぼす影響の強さのよい指標になることを意味している。
3: やや遅れている
本研究の目的であるマントル捕獲岩の極微量ハロゲン分析には、原子炉での中性子照射が必要不可欠であるが、今年度の日本国内での中性子照射は大変困難な状況であった。照射を予定していた京都大学原子炉実験所の研究用原子炉も稼働状況が芳しくなく、想定していた数の照射を行うことができなかった。また、すでに中性子を照射していた試料についても、分析に使用する予定であった希ガス質量分析計が移設とその後の故障、修理等により研究計画が遅れた。しかしながら、現在希ガス質量分析計については復旧しており、結果を得られつつある。これまで1地域しか分析されていなかった背弧側で産出したマントル捕獲岩のハロゲン組成が得られた。また、産地のセッティングによるI/40Arの変動などのように、沈み込む流体がマントルに及ぼす影響ついて新たな知見を得ることができた。来年度は、マントル捕獲岩の微量元素分析、流体包有物の分光分析を予定しているが、その準備は今年度中にほとんど終わらすことができた。来年度行う分析を通し、揮発性物質の沈み込みについて新たな知見を得ていく。
来年度は、今年度に流体包有物の分析に用いた後の粉末試料のハロゲン分析を行う。破砕後の粉末試料を加熱溶融し、ハロゲン由来の希ガスを抽出することで、流体包有物の組成と合わせ全岩のハロゲン組成を求めることができる。マントル捕獲岩において、どのような相がハロゲン組成を支配しているかについては未知な部分も多い。来年度得られる結果をもとに、マントルのハロゲンの分布や挙動についてさらなる制約を与える。マントルのハロゲン組成が何に支配されるか、マントルにおいてどのように振る舞うかは、本研究の目的とする沈み込む流体がマントルに及ぼす影響の評価をする上で重要な要素である。また、ハロゲンや希ガスが濃集する流体包有物について種々の分光法を用いた記載と、ハロゲン、希ガス分析が組み合わされた例は少ない。そこで、マントル捕獲岩の薄片試料を作成し顕微鏡下で観察した後、ラマン分光法により流体の組成や密度等を記載する。流体の密度はその流体包有物が捕獲された深度に依存する。その薄片試料の微小領域にレーザーを照射し、希ガスを抽出、分析する。これらの分析により、流体の希ガス組成と捕獲深度の関係を調べ、マントル内における希ガスの深度方向の分布について制約を与える。これまでに得たマントル捕獲岩のハロゲンと希ガスの組成は、それらのみからでは解釈が困難な部分がある。そこで、これまでに分析したマントル捕獲岩の微量元素組成をICP質量分析により求める。その結果と、これまでに得たハロゲンと希ガスの結果から、マントル内でのハロゲン、希ガスの起源、挙動について制約を与える。対象とするのは、背弧側の中で試料数がもっとも多く幅広いハロゲン組成を示した一ノ目潟で産出したマントル捕獲岩と、中央海嶺玄武岩から推定されたマントルの組成から元素分別したような組成を示す、プレート内の火山活動で産出した捕獲岩である。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 2件)
地学雑誌
巻: 124 ページ: 445-471
doi:10.5026/jgeography.124.445