昨年度までの研究をふまえ、今年度も思想史におけるフェヌロン(1651-1715年)の自己観を修辞学・霊性・神学の三つの歴史的視座から分析を行った。これにともない、まず、修辞学について得られた知見の一部を論文に発表した。つぎに、フランス国立図書館で近世神秘主義著作の網羅的な資料収集を行い、これら著作における「出版」と「序文」の特殊性を分析し、その成果の一部を口頭にて発表した。最後に、同図書館で1700-1715年のフランスの各司教の出版物を網羅的に収集し、フェヌロンの「出版」を通した反ジャンセニスム運動の当代における特殊性とその意義を検討した。 1) フェヌロンの1689年以前の自己観について、サン=シュルピスのセミネールの創始者ジャン=ジャック・オリエの霊性との比較検討を行った。また、1680年頃の『雄弁についての対話』において、修辞学に起源をもつ思想が、キリスト教の霊性と結びついて、フェヌロンのその後の言語観、さらには「自己」の語り方を規定する過程を明らかにした。 2) キエティスム論争(1694年-1699年)の過程全体を概観した上で、フェヌロンがいかなる出版戦略をとったかを、以前の神秘家たちが書物を出版する際に採った手段との比較を通じて明らかにした。また、ギリシャ教父から近世の北方・南方の神秘家の著作の引用が網羅的に並べられるようになったのは、書物史の物質的側面から見て比較的最近のことであり、当時の論証方法として画期的なものであったということも明らかにした。 3) 先行研究がほとんど扱ってこなかった、教会の不謬性についての『司牧の教え』(1704年)と、アウグスティヌスの恩寵理論についての『司牧の教え』(1714年)の分析を行った。これにより司教たちの「出版」が徐々に一般化していく18世紀初頭の神学論壇に修辞学と霊性の要素が介入していく過程の一端を明らかにした。
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