研究課題/領域番号 |
14J09917
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
入江 哲朗 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | アメリカ哲学 / 思想史 / ドナルド・デイヴィドソン / プラグマティズム / 自然主義 / アメリカ文学 / パーシヴァル・ローエル |
研究実績の概要 |
報告者は、近現代の米国の哲学および思想を研究対象とし、マサチューセッツ州出身の哲学者ドナルド・デイヴィドソンが築いた広範な哲学体系を、その歴史的文脈に留意しながら研究することを主な目的としている。とりわけ、デイヴィドソンの哲学体系の形成過程とその思想史的な位置づけを、従来注目されることの少なかった彼の1960年代以前の経歴および1990年代以後の諸論文を視野に入れながら解明しようとしている点に、本研究の特色がある。 この目的を達成するため、平成26年度において報告者は、デイヴィドソンが1935年から1946年まで在籍したハーヴァード大学の知的環境がどのようなものだったのかを明らかにする作業に注力した。この作業は同時に、報告者が修士論文において得た成果を本研究へ接続させるという意味も持っている。なぜなら、報告者の修士論文は、天文学者および東洋旅行家として著名なパーシヴァル・ローエルの思想に注目しながら、アメリカ哲学の母胎となったと言われる19世紀から20世紀への世紀転換期のマサチューセッツ州ケンブリッジをとりまく知的環境に光を当てるものだったからである。 このような問題意識に基づき報告者は、2014年9月に1週間ほど米国のボストンに滞在して、ハーヴァード大学のホートン図書館にてローエルの書簡や日記を閲覧したり、また同大学のワイドナー図書館にてデイヴィドソンの博士論文を参照したりしながら調査を進めた。同時に、2014年9月には、東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム」が主催する国際カンファレンスにおいてウィリアム・ジェイムズの哲学と同時代のアメリカ自然主義文学との関係を主題とする英語の発表をおこない、同年11月には、表象文化論学会第9回研究発表集会において、アメリカ自然主義文学を代表する作家であるフランク・ノリスの思想とローエルの思想との関係を論じる発表をおこなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
米国思想史は、19世紀から20世紀への世紀転換期において巨大な変化を被り、プラグマティズムなどの思潮が生まれるのもこの変化のただなかでのことであった。この変化の内実を把握することなしには、ドナルド・デイヴィドソンが1935年にハーヴァード大学へ入学した際の知的環境を十全に理解することも決してできないように思われる。では、それは具体的にはどのようなものだったのか。 修士論文において報告者はその特徴のひとつに「科学のプロフェッショナライゼーション」を挙げたが、加えて、平成26年度の研究の過程において、世紀転換期のアメリカ文学に生じた自然主義の隆盛という現象に注目すべきであることに思い至った。ハーバート・スペンサーの進化論の影響下で展開されたこの文学運動の特徴は、キャラクターたちを遺伝と環境という外的要因によって決定された存在として捉え、彼らが悲劇的な結末へ導かれてゆくさまを書き手の感情を交えずに描写することにある。そこにおいて特に興味深く思われるのは、かつてラルフ・ウォルド・エマソンによって豊かなイメージを与えられた自然が、いまや人間の自由意志を否定する無慈悲なものとして捉え直されている点である。もちろん、世紀転換期のアメリカ自然主義文学についての研究はすでに多く存在しているが、それと同時代のアメリカ哲学との関係を論じた仕事はいまなお少ない。しかしながら、世紀転換期米国のプラグマティストたちが、一方でウィリアム・ジェイムズのように自然主義の超克を試み、他方でジョン・デューイのように自らの立場を自然主義と称していたといういささか奇妙な事実を思い起こすとき、世紀転換期のアメリカ哲学と自然主義との関係を探究するという作業の重要性は明白なものとなるだろう。 このような新たな着眼点を得られたという意味において、本研究は平成26年度において大きな進展を見たと言える。
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今後の研究の推進方策 |
19世紀から20世紀への世紀転換期における米国思想史を、主にプラグマティズムと自然主義との関係に注目しながら探究するという、平成26年度における報告者の取り組みは、その見かけ以上に、ドナルド・デイヴィドソンの哲学体系の解明という本研究の目的と深く連関している。なぜなら、「デイヴィドソンはプラグマティストなのか」という問い、あるいは「デイヴィドソンは自然主義者なのか」という問いに対して、研究者たちはいまだ一致した回答を与えられずにいるからである。たとえば、デイヴィドソン以上に幅広い影響力を持った米国の哲学者リチャード・ローティが、主著『偶然性・アイロニー・連帯』(1989年)をはじめさまざまな場所で、デイヴィドソンがプラグマティズムの伝統に属する哲学者であることを強調し、そのゆえに彼を(他の多くの分析哲学者から区別して)非常に高く評価したのは、どのような理由に基づいてのことだったのか。これに答えるためにはもちろん、「プラグマティズムの伝統」とは何かを明らかにする必要があり、そしてそのためにはプラグマティズムと自然主義との関係の分析が必要不可欠であるはずだ。したがって報告者は、平成27年度以降において、いままでの研究の成果を踏まえながら、上記の問いに確実な答えを与えることを試みる所存である。 ひとまず、2015年6月には第2回アメリカ哲学フォーラムにおいて、平成26年度の研究成果を引き継ぎながら、フランク・ノリスとジョン・デューイの関係に焦点を据えた発表をおこなうことが予定されている。
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