始原生殖細胞(PGC)の培養技術は、配偶子の凍結保存や遺伝子操作が困難なニワトリにおいて、遺伝資源の保全や遺伝子改変のための強力なツールを提供する。しかし、従来のPGC培養法は増殖効率が低く、未だ安定的な技術とはなりえていない。本研究はニワトリ始原生殖細胞(PGC)の増殖に必要な因子とその作用メカニズムを解明し、より効率的なニワトリPGC培養技術の確立を目指したものである。申請者は、ニワトリ幹細胞因子の膜結合型アイソフォーム(chSCF2)を発現するバッファローラット肝臓(BRL)細胞をフィーダー細胞として使用することによりPGCの増殖効率を従来法の5倍以上改善できること、chSCF2によってPGCにおけるAktのリン酸化が亢進されることを明らかにしている。本年度において低分子阻害剤を用いてその分子機構を詳細に調べたところ、chSCF2はPI3K依存的なAktのリン酸化を誘導することによりPGCの増殖効果を発揮していることが分かった。さらに、chSCF2によって刺激したPGCではCyclin D1およびD2の発現上昇およびCaspase3やp53の発現抑制が起こっていた。すなわち、PI3K/Aktシグナルの活性化は、細胞周期の促進と抗アポトーシスを介してニワトリPGCの増殖に貢献していることが示唆された。続いて、chSCF2によって増殖したPGCを宿主胚へと移植した際に配偶子形成を完遂するか調べるために、生殖系列キメラを作出した。後代検定の結果、培養PGCに由来する後代を59個体中2個体得ることに成功した(3.39%)。したがって、chSCF2によって増殖したPGCは配偶子形成能を維持した状態で増殖していたことが明らかとなった。一連の知見は、chSCF2を用いたニワトリPGCの培養系が鳥類遺伝資源の保全や遺伝子導入ニワトリ作出などに極めて有用であることを示している。
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