戦後フランスにおける思想と政治の接点を解明するという研究課題のもと、前年までの進捗状況を踏まえ、採用最終年度の本年は以下のふたつの成果があった。 1.本研究の軸であるエティエンヌ・バリバールの思想について、ヨーロッパをめぐる近年の著作を考察した口頭発表を台湾国立交通大学主催の若手研究者を中心とするセミナーで行った。同大学がカルチュラル・スタディーズ研究に力を入れていることもあり、聴衆の中心的な関心は必ずしもフランス思想にあった訳ではなかったが、フランスの移民問題と関連づけたヨーロッパ論という発表の視座にたいして、会場とのやりとりからいくつかの示唆を得た。また、同発表をもとにした論文の執筆依頼があった。 2.フランス政治哲学を代表するクロード・ルフォール『民主主義の発明』を共訳書として刊行した。社会科学の一分野としての政治にアプローチする政治学にたいし、「政治的なもの」という対象の固有性を主張するフランス政治哲学の特質を確認するのみならず、この訳出を通じて民主主義の原理的考察を深め、またルフォールの思想の背景にあったソヴィエトと東欧の状況についても相当程度洗い出した。 ヨーロッパ論と政治哲学をめぐる以上のふたつの成果を補完するものとして、書評を一点発表した。フランスの移民史の古典であるジェラール・ノワリエル『フランスという坩堝』を昨年度に共訳書として刊行したが、同じ著者による作品『ショコラ』の書評である。19世紀末の黒人道化師の笑いを主題とする同書の内容を紹介するとともに、ムハンマド風刺画をめぐる今日のフランスの分断にたいしてもつ現代的意義について論じた。 以上のように、戦後フランスの政治と思想の考察という研究課題の内容を充実させることで、ヨーロッパ論、政治哲学という主要なテーマを検討し、さらにはこれらに関連する笑いという補足的なテーマにも考察を広げた。
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