本年は、これまで蒐集・読解を行ってきた世紀転換期の演劇テクストおよび新聞・雑誌の批評記事を整理するとともに、こうした作品群がプルーストの初期作品および『失われた時を求めて』にもたらした影響の検討をおこなった。フランソワ・ド・キュレルをはじめとした、プルーストにとりわけ大きな影響を与えたと考えられる作家については、テクストの精読に加えて、出演者や当時の上演状況を総合的にとらえた上でプルーストに与えた影響関係を考察した。ルネ・ペーター、レーナルド・アーン、アントワーヌ・ビベスコなど、プルーストと交友関係にあった演劇関係者についても調査を行った。また、ノルウェーの劇作家・イプセンのフランスでの受容についての調査を行い、プルーストの作品にもたらした影響の分析を行った。 プルーストが執筆・上演の相談に乗っていたアントワーヌ・ビベスコの戯曲『嫉妬する男』や、友人であったジョルジュ・ド・ポルト=リッシュ『恋する女』『過去』、フランソワ・ド・キュレル『招かれた女』などの作品がプルーストの作品にもたらした影響を分析した。また、同時代の新聞雑誌に掲載された劇評の調査をフランス国立図書館の電子サイトGallicaを通じて行った上で、プルーストの作品の主要テーマである「嫉妬」「無関心」「嘘」などが世紀転換期の心理劇でいかに扱われているかを検証し、19世紀末の文化的コンテクストのなかにプルーストの作品を位置づけた上で、類似性とプルーストの独創性を検証した。プルーストは先行作品と共通するモチーフを応用しながら、独自の表現方法を見いだす思索の深さと鋭い批判精神において特異な作家であり、その点については19世紀小説との比較研究では詳細な分析がなされているが、本研究によって戯曲においても「文学の記憶」を自らの作品にとりこみ、応用するプルーストの創作について新たな考察を加えることができた。
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