研究課題
まず、UPF1タンパク質をノックダウンしたときのRNAの分解速度の変動、及びUPF1とRNAの物理的な相互作用の有無を同時解析することにより、UPF1標的RNAとして246遺伝子を同定した。次に、リン酸化UPF1のゲノムワイドなRNAフットプリントデータを利用することにより、UPF1を介したRNA分解経路における基質認識部位の同定を試みた。まず、上記の次世代シーケンサーから得られたシークエンスリードは他の領域と比較してRNAの3'UTR領域に比較的多くマッピングされることから、リン酸化したUPF1タンパク質はRNAの3'UTR領域に主に結合していることがわかった。そこで、同定した246種のUPF1標的遺伝子の3'UTR領域に存在するリン酸化UPF1の結合部位のRNA配列からモチーフ配列をMEMEを用いて予測した。その結果、CUGを中心としたモチーフ配列がリン酸化されたUPF1の結合配列として予測された。さらに、上記で同定されたリン酸化UPF1結合配列を含むUPF1標的RNAの3’UTR配列がRNAを不安定化し、UPF1を介したRNA分解を誘導するかどうか検証した。UPF1標的遺伝子として同定されたGADD45B mRNAの(上述の結合配列を含む)3'UTR配列を組み込んだレポーターRNAをHeLa細胞中に発現させたところ、レポーターRNAの不安定化が確認された。このことから、3'UTR配列中にRNA分解促進配列が存在していることが確認された。また、UPF1をノックダウンしたHeLa細胞において、上記のレポーターRNAの不安定化はキャンセルされた。さらに、リン酸化UPF1の結合部位を欠いた3'UTR配列を組み込んだレポーターRNAでは上記で見られたRNAの不安定化が部分的にキャンセルされた。以上の結果から、リン酸化UPF1の結合配列を含むUPF1標的RNAの3'UTRが、UPF1を介したRNA分解経路における基質認識に関与していることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題の当初研究目的の達成度については、期待したほどではないがある程度の進展が見られたと判断している。ゲノムワイドな分解測定法であるBRIC-seq法とRNA結合タンパク質との相互作用を確認するRIP-seqを組み合わせることによりUPF1標的遺伝子を同定し、さらには、UPF1のフットプリントデータを活用することにより、UPF1標的mRNAの3’UTR配列中に存在するシス因子を予測することができた。一方で、UPF1を介したRNA分解経路における基質認識の特異性を規定している他のRNA結合タンパク質の同定を行う目的で、UPF1を介したRNA分解経路におけるシス因子を含んだRNA配列をベイトにして質量分析(MS解析)を実施したが、UPF1と共役して標的mRNAに結合する新規のRNA結合タンパク質を同定するに至らなかった。また、昨年度中にUPF1を介したRNA分解経路がどのような生理機能の調節に働いているかどうかについて、新しい知見・手がかりを得ることができなかった。上記の点から、研究の到達度として期待したほどではないがある程度の進展が見られたと判断した。
昨年度までの研究から、同定したUPF1標的遺伝子の3’UTR配列中に含まれるCUG配列を中心とするGC-richな配列がシス因子として機能していることがわかっている。また、DMPK mRNAの3’UTR配列CUGトリプレットリピートの過伸長によって起こる1型筋ジストロフィー症の患者において、今回同定されたUPF1標的遺伝子の発現量が上昇傾向にあることがわかっている。そこで以上の結果から、1型筋ジストロフィー症(DM1)の患者においてUPF1を介したRNA分解経路が何かしらのメカニズムにより抑制されていると考えた。先行研究によって、DM1においてCUGリピートの過伸長を起こしたDMPK mRNAは核で凝集体を形成することがわかっていることから、その凝集体にUPF1がトラップされることにより、本来、正常組織においてUPF1を介して分解を受けているUPF1標的mRNAが安定化しているという仮説と、DM1においてUPF1のタンパク質量の低下もしくはリン酸化の抑制などを介してUPF1を介したRNA分解経路が抑制されている仮説を立て、それらを検証する実験を本年度中に実施する予定である。これにより、筋ジストロフィー症とUPF1を介したRNA分解経路の関係性を明らかにするとともに、筋ジストロフィー症における新たな病態メカニズムを明らかにすることを本年度における研究課題とする。
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