本研究の目的は、ハンナ・アレントの後期思考論の検討を通して、思考重視型シティズンシップ教育を理論的に提示することである。具体的な課題は、①思考の教育可能性を明らかにすること。②個人の内的自由との関係において、思考重視型シティズンシップ教育の倫理的妥当性の条件を明らかにすること。③問題を「思考と政治はどのような関係にあるのか」と再定位し、より大きな思想的文脈に位置づけることの3点である。本年度は、それぞれの課題について、以下のような成果があった。 【①②について】前年度より継続して行っているアレントの後期思考論の検討をふまえ、「モノ」の観点から思考の教育可能性について検討した。近年「主体化」とは異なる教育の契機をもたらすものとして、「モノ」ないし「メディア」の教育的意義に関する研究がなされている。本年度の研究では、「モノ」が有する未規定性に着目し、教育的関係の間におかれながらも受け取り手の自由な思考を触発しうるものとして、その政治的含意を考察した。考察にあたっては、アレントのほか、ジャック・ランシエールの議論を手がかりとした。 【③について】アレントがハイデガーとの思想的対決を通して自らの思考論を展開させていったことをふまえ、前年度に引き続き、後期アレントがハイデガーの思考論をどのように解釈したかを検討した。とりわけ、『精神の生活』におけるハイデガー批判、および彼の「アナクシマンドロスの箴言」解釈に関する評価に着目し、不在のものと関わるという思考の特質に関する、アレントの両義的な態度のありようを明らかにした。 【資料収集】また、①から③すべてに関わることとして、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチにあるハンナ・アレントセンターにおいて、10月および2月にのべ約1週間の調査を行い、アレントの著作の草稿や講義用原稿など、研究課題に関わる未公開資料を収集した。
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