2015年度、研究代表者は、本研究のもっとも中心的な課題である「公共宗教」をめぐる議論について考究を深めた。そこでは主に、「世俗主義」に関するチャールズ・テイラーの政治学的/宗教史的見解と、彼自身の信仰を規定するカトリック的宗教性との関係を具体的な検討の対象としつつも、また同時に、そうしたテイラーの知的言説を、ホセ・カサノヴァ、ユルゲン・ハーバーマス、ジュディス・バトラーらによる相互的な批判・応答によって活発化した論争的文脈に置いて特徴づけることが試みられた。カサノヴァの宗教社会学の成果を念頭に置き、「公共宗教論」と一括して名指しうるこの課題領域においては、公共圏のなかに宗教が占めるべき地位について議論が争われている。とりわけ、本研究が直接的な読解の対象とし、もっとも注意深く検討したのは、『公共圏における宗教の力』(2011)と題された公開討論会での模様である。そのなかでテイラーは、ハーバーマス、バトラー、コーネル・ウエストの三者と掲題のテーマについて論議を行ない、彼らとの相互的な批判を通して、みずからの「公共宗教」あるいは「世俗主義」をめぐる態度をより深いレベルにおいて分節化することに成功している。本研究は、同討論会で提出された各論者それぞれの議論から、特にテイラー、ハーバーマス、バトラーという三者の互いに対蹠的な特徴を取り出し、そのようにして展開された知的布置のうちにテイラーが占めるべき点を探索した。 以上の検討を通じて明らかにされたのは、テイラーの世俗主義論それ自体が帯びる宗教的性格である。2014年度より一貫してテイラー思想を特徴づけるキリスト教性に注目してきた本研究は、上述のような政治理論上の論争状況を新たに整理するにあたっても、テイラーの宗教的・神学的な立場性を軸として考察を深めることにより、当該の政治理論が有する思想的背景をさらに詳細に明らかにすることとなった。
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