本研究は、1700年頃のアムステルダムの楽譜出版者エティエンヌ・ロジェ(1665/66-1722)によって、フランス音楽がどのように出版されたのかを明らかにすることを目的としている。 ロジェはフランス出身でありながら、ナントの勅令廃止(1685年)後にオランダへ逃れ、アムステルダムで書籍の販売、楽譜の出版を行った人物である。ロジェの活動では第一に、イタリアの器楽作品の初版が注目されてきたが、フランス音楽に関しては、パリの初版譜の再版に過ぎないという見方が強い。しかし、ロジェは一貫してフランス音楽を出版しており、その内実はオペラの器楽曲を抜粋した組曲版や、オランダやイギリスの作品が「フランス風」音楽として含まれるなど、独自のレパートリーで構成される。こうしたことから、この活動はフランス国外における音楽の流行や需要に応えるために行われていたと考えられ、楽譜の正当性とは別の視点から評価される必要がある。 そこで本研究では、ロジェのフランス音楽出版を印刷技術の変化、器楽様式の発展やオペラの実践、ロジェの出自や書籍業者としての経歴などから多角的に考察し、ロジェの国際的な活動戦略の一環として位置づける。 平成27年度は、1696年~1716年のカタログに見られる分類方法、「フランス風の曲」と「イタリアのソナタ」と呼ばれるグループに共通する楽譜の分析を通じて、ロジェが器楽曲をどのように区別していたのかを明らかにした。その結果、共通する楽譜からはイタリア音楽とフランス音楽両方の特徴が見られ、ロジェの分類は当時の器楽の実践における混合様式的な潮流を反映するものだと結論づけられた。 なお、本研究は、愛知県立芸術大学とパリ=ソルボンヌ大学によるコチュテル〔博士論文共同指導〕として行われている。平成27年度は指導委託期間としてパリに拠点を置き、ソルボンヌ大学主催の学会で2度の口頭発表を行った。
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