研究課題
本研究では、「複数のキュー(手がかり)を利用する昆虫が、環境に制約を受けない形で能動的なキューの選択を行う」ことの証明を最終目的としている。平成26年度は、対象とするナナホシキンカメムシの一連の交尾行動において、雌が配偶者である雄を知覚する際にどのようなキューが利用されているのか明らかにするため、(1)野外及び実験室内での観察により雄のキューの推定し、(2)得られた成果から雌の感覚受容器を特定しキューの機能を特定することを目指した。(1)沖縄本島及び石垣島で野外調査を施行した結果、ナナホシキンカメムシの配偶行動では、①基質振動(振動感覚)、②低揮発性化学物質(化学感覚)、③動作(視覚)、の3種のキューが関与することが予想された。①雄は、オオバギやクワズイモなどの葉上で、腹部を上下左右に振る、前脚で基質を叩く等の特徴的な振動行動を示した。レーザードップラー振動計でこれらの基質振動を計測したところ、いずれの振動も100Hz以下の低周波領域で加振されることがわかった。②雌が雄の前胸背板に口吻を伸展し舐める行動がみられた。雄の前胸背板を透明エナメルで閉塞すると交尾成功率が低下した。③雄は、雌に頭部を向けその周囲を動き回り、雌がその動作に追随する様子がみられた。以上の結果は、本種が複数の感覚を利用している可能性を示唆している。(2)ナナホシキンカメムシの雌の脚部神経を生体染色法により染色し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。その結果、振動を受容すると考えられる感覚細胞群が全ての脚の腿節末梢部に確認された。脚部表面の処理による振動感覚の遮断を施行したところ、雌の交尾受入頻度が低下したことから、雌は脚部の弦音器官を介して雄の振動を受容し交尾の可否を決定することが示唆された。本研究は、カメムシ目において、脚部に存在する構造が振動受容感覚を担っていることを示した初めての報告となる。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度は、当初の計画に従い、(1)雄のキューの推定(雄のキューの特徴の把握、各キューに対する雌の情報選択行動の特定)と、(2)キューの機能の特定(雌の感覚遮断実験)、の2つの課題を遂行した。特に、(2)では、カメムシ目では初めての試みとなる脚部神経の生体染色を成功させ、振動受容感覚器である腿節内弦音器官の所在位置だけでなく、その構造や形態まで明らかにした。これにより、今後、弦音器官をピンポイントで切除する外科手術が可能となり、処理した個体の行動観察から、弦音器官を介して得られる振動シグナルの機能を推察することができる。本技術は、他の感覚受容器官の特定にも有効であると予想されるため、今後、「雌側の感覚情報入力の阻害」という操作を取り入れた実験系も可能になる、と考えている。これらの成果は、国内外における2つの招聘講演を含む9つもの一般講演の場にて発表され、高い評価を得ている。さらに、メディア取材や一般商業誌への執筆掲載も積極的に受け、社会及び国民に広く発信する姿勢がみられる。以上のことから考慮しても、本研究課題に真摯に取り組んだことにより、期待以上の研究の進展があったと考える。
本年度の研究成果より、ナナホシキンカメムシは、基質振動(振動感覚)、低揮発性の化学物質(化学感覚)、動作(視覚)、をキューとして利用している可能性が高いことが示された。そこで、来年度以降は、まず、キューと推定される刺激を人為的に雌に提示する実験系の確立を目指す。また、確立された実験系を用いて、カメムシの複数のキューを人工的に制御する実験を行う。各キューを単独で提示し、キューへの定位時間を測定することで、キューが独立でも機能していることを確認する。また、各キューを網羅的な組み合わせで提示し、刺激への定位時間の測定や交尾受入行動を確認することで、キューの相互作用を明らかにする。さらに、雌の情報選択行動が変化する環境条件の調査も行い、野外におけるどのような状況で情報選択行動が変化するかを確認する。それらの条件を再現した場合に、情報選択行動と適応度の指標としての定位行動が変化すること示し、能動的なキューの選択が行われていることを実証する。
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応用動物昆虫学会誌
巻: 58 ページ: 79-91
http://doi.org/10.1303/jjaez.2014.79