研究課題/領域番号 |
14J30005
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研究機関 | 国立研究開発法人 森林総合研究所 |
研究代表者 |
向井 裕美 国立研究開発法人 森林総合研究所, 森林昆虫研究領域, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | マルチキュー / 情報選択 / 感覚間相互作用 / 配偶行動 / キンカメムシ類 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、『マルチキュー(複数の情報)を利用する動物が,環境に制約を受けない形で能動的なキューの選択を行う』ことを、キンカメムシ類の配偶行動をモデル系として明らかにするものである。平成26年度までに、ナナホシキンカメムシの雌による配偶者選択は、雄が発信する振動キューに強く依存することを明らかにした。本年度は、振動キュー以外のキューが、本種の配偶行動においてどのような機能を果たしているのか明らかにすることを目指した。 (1)ナナホシキンカメムシの配偶行動のなかでは、雌が雄の前胸背板に口吻をあて撫でるような行動がみられる。走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた観察により、雄の前胸背板表面には直径2μmほどの微細な孔が密に存在し、そのクチクラ内部は分泌腺様構造を成していることが確認された。雄の前胸背板のヘキサン抽出液に対して、雌は口吻を伸展する反応を示した。また、雄の前胸背板をエナメルで閉塞すると、雌による口吻で撫でる行動は観察されたが、閉塞しない場合に比べて交尾成功率は有意に低下した。以上の結果から、雄由来の分泌物質は、雌の配偶者選択に重要なキューであると結論付けた。カメムシ目昆虫において、雄由来の体表面に分泌される化学物質が重要な役割を果たすことを初めて示した。 (2)振動キューを発信している雄を色付きエナメルで着色すると、本来の雄の体色に近い色を呈した雄に対して雌は反応を示したが、全く異なる色を呈した雄に対しては反応を示さなかった。一方、視覚情報を遮断された個体は、体色に関係なく全ての雄に反応を示した。このことから、視覚は振動情報の正確性を査定する判断基準として機能している可能性がある。これにより、本種の雌による配偶者選択の過程では、マルチキューが同時並列的に利用されていることが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、当初の計画にあった通り、カメムシ雄の複数のキューを人工的に制御する実験系を確立し、配偶者選択に関するキュー間の相互作用の実態について厳密に調査するには至らなかった。しかし、口吻の接触により受容される化学感覚情報の重要性をカメムシ目昆虫で初めて明らかにするなど、動物の配偶行動における意思決定様式の進化を包括的に理解する上で重要な成果が得られている。これらの成果は、2編の原著論文として出版され、国内外における6つの招待講演を含む10つもの一般講演の場にて発表された。さらに、サイエンスカフェや一般商業誌等への執筆掲載も積極的に受け、社会及び国民に広く発信する姿勢がみられる。以上のことから考慮して、本研究課題はおおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度までの研究成果により、ナナホシキンカメムシの配偶行動には、基質振動(振動感覚)、低揮発性の化学物質(化学感覚)、体色(視覚)、がキューとして利用されることが実証された。また、同時並列的に受容される各キューは、受容もしくは処理過程において相互作用することも示された。最終年度となる平成28年度は、まず、キューとして利用される各刺激を人為的に雌に提示する実験系を確立し、複数のキューを人工的に制御する実験を行う。各キューを単独で提示し、キューへの定位時間を測定することで、キューが独立でも機能していることを確認する。また、各キューを網羅的な組み合わせで提示し、刺激への定位時間の測定や交尾受入行動を確認することで、キューの相互作用を明らかにする。さらに、雌の情報選択行動が変化する環境条件の調査も行い、野外におけるどのような状況で情報選択行動が変化するかを確認する。それらの条件を再現した場合に、情報選択行動と適応度の指標としての定位行動が変化すること示し、最終的に能動的なキューの選択が行われていることを実証する。
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