細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum以下粘菌)は、飢餓に伴い単細胞生物から多細胞生物へと変換されるとともに、柄と胞子の二種類の細胞集団に分化して子実体を形成するので、細胞分化機構解析のための生物モデルとして非常に有効な生物である。一方、グルタミン酸(Glu)は、高等生物の中枢神経系において重要な興奮性の神経伝達物質であり、このシグナル伝達の一部は代謝型Glu受容体(mGluR)を介して行われる。mGluRは、抑制性神経伝達物質Y-アミノ酪酸(GABA)の代謝型受容体であるGABA_B受容体と相同性が高いため、mGluRはGABA_B受容体と同じグループに分類されることが多い。本研究では、粘菌mGluRの同定と、mGlURによる細胞分化制御機構の解析を試みた。Glu含有寒天培地にて細胞性粘菌Ax2株の分化を誘導し、4時間ごとに分化形態を観察した。また、細胞性粘菌を栄養不含寒天培地にて分化を誘導し、4時間ごとに全RNAを抽出した。ゲノムプロジェクトデータベースからGluR様遺伝子の塩基配列を検索し、それを基に設計したプライマーを用いて半定量RT-PCRを行った。細胞性粘菌の分化形態を観察した結果、1mMのGlu存在下で分化速度の遅延が認められたが、同濃度のGABA存在下では分化速度に著変は見られなかった。RT-PCRにより、分化に伴い転写量が変動するmGluR様遺伝子の存在が明らかとなった。同遺伝子の推定塩基配列からhydropathyを求めた結果、哺乳動物のGluRと同様に7つの疎水性領域をもち、これらは膜貫通領域であると推定された。細胞性粘菌にはGluシグナルによる分化制御機構が存在し、その形態分化に伴って特定のGluRが発現する可能性が示唆される。
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