申請者は、現在十分に生物学的な神経回路モデルの構築を進めている。モデルの中心は、大脳皮質前頭前野・後部頭頂野および視床である。この神経回路モデルを用いて、回路を仮想的に一部変更したり、各シナプスにおける信号伝達効率を変えたりする、いわゆる仮想実験としてのシミュレーションが可能になる。これにより、回路の何がどのようにはたらいてワーキングメモリや注意などの脳高次機能の制御が行われるのかを調べた。 脳の機能とメカニズムを解明するためには、ニューロン・レベルの現象とシステム・レベルの現象の間にあるギャップを埋める研究手法が必要である。当研究により、前頭前野と後部頭頂野が注意やワーキングメモリの処理にどのように関わっているかということに関する回路学的考察が可能になってきた。それによって、両領野が機能的に異なる側面を担っているのか、あるいは単一のシステムとして働いているのか、さらにその回路メカニズムは何か、などを議論することができる。現在のところ、両領野の活動特性の違いがシミュレーションによっても現れ、機能的な特性と関連づけて考察した(Tanaka 2003)。とくに、領野間のfeedforward connectionsおよびfeedback connectionsの、注意とワーキングメモリに関する信号処理への寄与の仕方が異なることを示唆するシミュレーション結果が得られたことは、特筆すべき成果の一つである。これらは、現在当研究と平行して進めているニューロモジュレータによるワーキングメモリ制御の研究と併せて、注意やワーキングメモリなどの高次機能の回路メカニズムを総合的に解明することに大いに役立つ。
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