志賀毒素(Stx)はO157株等の腸管出血性大腸菌(EHEC)が産生する主要な病原性因子で、RNA切断酵素活性を持つAサブユニットと標的細胞上の受容体Gb3に対する結合能を有するBサブユニットから構成される蛋白毒素である。Stxの細胞毒性の本態はAサブユニットの作用に起因した蛋白合成阻害であると考えられているが、最近、Bサブユニットを介する結合のみでも標的細胞に種々の変化がもたらされている可能性を示す知見が蓄積している。そこで、Stxの結合が標的細胞におよぼす作用について検討する目的で、毒素活性を欠く結合サブユニットのみの遺伝子組換え体(Stx1B)を作成し、腎癌由来細胞株ACHNを用いて、特に細胞接着、細胞骨格に着目して検討を行った。この結果、Stx1 Bの結合により、糖脂質豊富膜ドメインを介して一連の細胞内刺激伝達が誘導され、Ezrin、Paxillin等の細胞骨格の形成にかかわる蛋白のリン酸化が起こり、これに伴ってCD44、actin、tublin、vimentin、cytokeratin等の細胞内局在が変化して細胞骨格の再構成が誘導され、細胞接着性の低下や仮足形成といった細胞の形態変化が起こることが明らかになった。さらに、以上のような細胞変化に、Gb3/raftを介して誘導されるSrc型チロシンキナーゼ、PI3キナーゼ、Rhoキナーゼ等の活性化が関与することが示唆された。以上の結果は、Stxの持つ作用におけるB subの役割が単に毒素の標的細胞への吸着のみではなく、細胞内刺激伝達誘導によって積極的に細胞に変化をもたらし得ることを示している。しかし、このStx1 Bの結合よって誘導される細胞内刺激伝達、およびその結果生じる細胞の形態変化の生理的意義に関しては不明であり、現在この点に関して、特にそのEHEC感染による病態形成との関連に着目してさらに検討中である。
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