研究概要 |
本研究は、主に明代末期の文人の著作活動と出版の関係を研究するものである。本年は、明代末期に活躍した文人、とう志謨についての研究を行った。その著『童婉争奇』は、同じ作者の『花鳥争奇』、『山水争奇』,『風月争奇』、『蔬果争奇』、『梅雪争奇』などと並ぶ争奇シリーズの中のひとつであり、敦煌出土の唐代写本「茶酒論」「燕子賦」、また日本近世の「酒茶論」、「酒餅論」などのいわゆる異類論争物につらなるものであるが、その内容が男色と女色の比較である点、きわめて特異であり、中国文学史上、他に類例をみない珍しい作品である。現在この『童婉争奇』のテキストとしては、龍谷大学写字台文庫所蔵の明・天啓四年(1624)萃慶堂刊本と、おそらくそれにもとづいて筆写したと思われる内閣文庫所蔵の江戸初期写本のふたつが知られるが、後者には林羅山による寛永十二年(1635)の識語がある。内閣文庫にはまた前記『花鳥争奇』以下の明刊本も所蔵されているが、それらはすべて林羅山もしくは林家の旧蔵本であり、龍谷大学所蔵の『童婉争奇』も、元来は林羅山の蔵書であったと考えられる。本研究は、『童婉争奇』の内容を分析することによって、中国明代末期江南地域における男色、女色文化とその背景について考察するとともに、それが『童婉争奇』を通じて江戸時代の同類の文学に影響をあたえた可能性についても検討を加える。特に十七世紀後半に活動した伊原西鶴の『男色大鑑』(1687)には、「色はふたつの物あらそい」とあり、『童婉争奇』と同じ趣旨である点が注目される。
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