がん細胞における細胞運動の異常な亢進は、がん細胞の浸潤・転移能の獲得に大きく寄与している。申請者は、がん細胞の浸潤・転移機構を理解するために、細胞運動に必須の構造体であるラッフル膜の形成機構の解析を行っている。これまでに、HeLa細胞を用いて、ホスファチジルイノシトール4-リン酸5-キナーゼ(PIP5K)αは低分子量G蛋白質のARF6により活性化され、このARF6→PIP5Kαシグナリングは上皮増殖因子(EGF)刺激によるラッフル膜形成に関与する可能性を示唆した。しかしながら、これらの研究結果は過剰発現系で得られたものであり、この仮説が正しいか否かをさらに解析して検証する必要がある。また、PIP5KとARFにはそれぞれ6種および3種のアイソザイムが存在し、生理的にこれらの分子のどのアイソザイムがラッフル膜形成に関与しているかを解明することも今後の課題として残されている。これらの問題点を解決するために、申請者は、ARFとPIP5Kの各アイソザイムのノックアウトマウスを作製してそれを利用して解析することを目指している。 今年度はARF6とPIP5Kαの遺伝子ノックアウトマウスを作製し、それぞれのマウスから調製した繊維芽細胞を用いて検討した。その結果、これらのノックアウトマウス由来の細胞におけるラッフル膜形成は野生型マウス由来の細胞と同程度であり、これらの分子のラッフル膜形成への関与は否定される可能性が高い。これらの結果は、上述したHeLa細胞を用いた研究結果と矛盾している。これらのことから、ARF6とPIP5Kα以外のアイソザイムがラッフル膜形成に関与している可能性が考えられ、現在この点についての解析を進めている。
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